ラグビーリパブリック

あれから10年。中大で頸椎損傷の宇野将史さん、リーグ戦開幕前の後輩に当時の自分投影。

2021.09.26

中央大学ラグビー部のOBである宇野将史さん(左)と松田雄監督(撮影:向 風見也)


 また明日から頑張ろうと思えた。

 宇野将史さんが久しぶりに中央大学の人工芝へ戻ったのは、新たな船出を控えているからだ。人事の仕事をしていた東芝を辞め、地元の兵庫で保険の営業をする。東京にいるのもあとわずかだ。ゼリー飲料の差し入れを荷台に乗せ、郊外の八王子までハンドルを握った。

 現役時代から指揮していた松田雄監督に促され、練習中の選手に言葉をかけることになった。「ごめん、ユニット(練習)の前にいいかな」。競技指導をコーチ陣に委ねる松田監督がタッチラインの外から声をかけると、強豪大のラグビー部にあっては大所帯とは言えぬ約60名の1人が「集合」と合図を出す。

 一か所にまとまる部員に言葉をかけるべく、宇野さんは車いすのホイールをタッチラインの内側へ向かって回した。

「久しぶりにこのグラウンドに来て、刺激をもらっているところです。皆が思った以上にOBはチームを応援しているし、頑張りが励みになります」

 あれから10年が経った。

 2011年10月30日、埼玉の熊谷ラグビー場。当時大学3年生だった宇野さんは、関東大学リーグ戦1部の東海大戦で10番をつけて先発していた。後半1分頃に相手防御にぶつかるや、首から「ゴリッ」という音を聞いた。頭のなかが真っ暗になった。

 目を見開く。視線の先の手を動かすことができず、それでも口は動くから、横たわったまま「え!? やばい! やばい!」と叫ぶ。首が熱くて、痛い。

頸椎を損傷していた。搬送された時点でただ事ではないとわかっていたが、いざ診断結果を聞くと涙が止まらなかった。「泣いていたら疲れちゃって、まぁ、リハビリ頑張るか、となりました」と言えるのは、それこそ10年、経ってからだ。

 埼玉医大で手術の後、国立障害者リハビリテーションセンターで動かせる箇所はかなり限られた。それを見かねた宇野さんの父は、整形外科ではなく脳神経外科で診てもらうよう動いた。足の親指が動くようになった冬頃には、初台リハビリテーション病院へ移って新手のリハビリに注力する。動かぬ身体を周りの支えで起こし、神経の通り道を再認識した。やがて、わずかに歩けるようになる。

 クラブ関係者の作った「宇野将史君を支援する会」に支えられ、退院した2012年秋以降も機能回復に取り組んだ。同級生より2年遅れて大学を卒業し、社会生活を送る。

 自分を受け入れてくれた東芝を辞めるのは、かつての目標を見つめ直したからだ。

 リハビリの可能性を広げてくれた父は、保険のセールスマンだった。幼い頃から父が顧客と楽しそうに話している姿を見ており、現役時代はトップレベルでのプレーをやり切ってから父のフィールドへ挑もうと考えていた。

 動きに制限がついてからはそれが叶わぬ夢だと思っていたが、あれから10年が経ったいま、決意した。

「21歳で一回、死んだようなものなので。どうせ拾った命ならば、挑戦したいなと」

 時代は変わった。仕事が忙しくなかなか試合を観る機会の減った母校は、松田監督以下のコーチ陣を何度かリニューアルしてきていた。

 就任3年目の遠藤哲ヘッドコーチは、攻守で鋭く圧をかけるち密な戦術を涵養(かんよう)。一昨季は下部との入替戦に出場も、昨季は8チーム中5位と順位を上げた。「つかむのは大変だけど、頑張ろうとしてくれている」。留学生を擁さぬ陣容がハードワークの文化を紡ぐ様子に、手応えを感じている。

「もうちょっとのところまで、来ているんだけどね。(いま以上に)突き抜けたいんだけど、それを阻むというものがたくさんある。自分自身であったり、他の力であったり…。そうなった時、それ(鍛錬)を止めるのか、止めないのかで(得られるものが)だいぶ、違う」

 今年8月からは、宇野さんの1学年下で元主将の山北純嗣さんもチームに関わるようになった。

 直近までプレーしていた福岡のコカ・コーラレッドスパークスが突如、廃部したのを受け、上京。普段はハローワークに通い、練習中は松田監督から「コーチはプロがいる。お前は選手のことを見てくれ」とメンターとして期待される。

 自分がいた頃とはやや毛色の変わったクラブが声を枯らし、足を動かしているのに触れた宇野さんは、自分がいた頃の風景を思い返していた。

「遠目で(練習を)観ていると、人の顔がわからないだけに自分がやっていた時の映像が見えてくるんです。いまだに」

 かつて宇野さんが青春をささげた関東大学リーグ戦は、今年も開幕する。複数の加盟校で新型コロナウイルスの感染者が出たため、スタートは予定より約2週間、後ろ倒しになった。参加選手の安心、安全を守る仕組みづくりにも複数の議論を要しており、本当の意味で不安なく出航できるクラブはほとんどないだろう。

 ただし宇野さんの言葉通り、学生たちのプレーを楽しみにしている人はきっと各地にいる。会場へ足を運ぶことが叶わない愛好家は、ラップトップやスマートフォンを開いて汗と献身の結晶としての最終スコアに一喜一憂する。

 アスリートは、人を励まそうと思わなくても人を励ますことができる。