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【コラム】その常識を超えてみる

2021.09.16

ゴールボールブラジル代表のジェシカ・ゴメス(東京2020パラリンピックより。Photo/Getty Images)

 ボールを投げる時はしっかり目標を見るべし。そうすればコントロールが定まる。楕円球でも丸いボールでも変わらない、球技の基本である。日本代表でラファエレ・ティモシーや堀江翔太らが使うノールックパスは、あくまで例外とされる。

 こうした常識を裏切る珍しいプレーを見たのは、今月のパラリンピックだった。

 両手にボールを抱えて前に走る。跳び上がって半回転し、対戦相手にお尻を向けて着地。股の下を通してボールを背後に投げる。

 視覚障害者が目隠しをしてプレーするゴールボールという競技。1チーム3人ずつが相手のゴールにシュートを投げ合う。サッカーのPK戦に似ている。大方はボウリングのような下手投げを使うが、ブラジル女子チームの選手だけは、全球がこの「背面投げ」だった。

 奇想天外なフォームの理由を尋ねると、本人は涼しい顔だった。「こちらの方が強いボールを投げられる。練習を繰り返しているので、どこに投げたらいいかは体が覚えている」

 疑問を持つ方がおかしかったのだろう。そもそも視覚を遮断してプレーする競技。前を向いていたとしても、目標を見定めることなどできない。いわば、すべてのシュートやパスが「ノールック」なのだ。

 視覚障害者は聴覚や触覚に優れた人が多い。舌打ちの反響音で周囲の状況を察知し、自転車やスケートボードを乗りこなす人もいる。視覚に頼らないがゆえに、正面や背後といった固定された空間概念から自由。後ろ向きの投球にも抵抗はないのだろう。

 「ひと目ぼれ」ならぬ、「ひと声ぼれ」という出来事もあるそうだ。パラリンピックを見て感じたのは、世界の捉え方や、適切な体の動かし方は人それぞれに違うということ。スポーツの「常識」は絶対的なものではない。そう再認識させられた。

 これはラグビーにも通底する。昨年、早大の後藤翔太コーチから聞いた話が秀逸だった。

 大学ラグビーきっての理論派が異論を呈するのは、「SHは体重移動をして投げよ」という定説である。地面にあるボールをパスする時は、体重移動をして投げれば勢いをつけやすい。そう教えられたSH経験者は多いだろう。

 しかし、後藤さんはこの理屈を否定する。「体重移動で重心が外に行けば、反対側に(パスやランで)行くオプションがなくなる。重心がいつも両脚の間にあれば、相手が(パスダミーなどにつられて守備位置から)外れた時、反対の選択肢が取れる。そのボディーバランスを常に保つ必要がある」。体重移動を使わずとも、腰や腕などを回転させる力を使えば楽に、速く投げられる。後藤さんはインターネット上の動画でそう啓蒙している。

 世界的な名手を丸ごと真似るのも危険だと後藤さんは警鐘を鳴らす。オールブラックスのSHアーロン・スミスがパスを指南する動画がある。これは悪い見本だそう。「世の中の人があれを見て練習してもうまくならない。アーロン自身が試合になると、動画とまったく違うプレーをしている」。ボールの回転のかけ方や重心の残し方が、本番とは違うのだという。

 その経歴からはにわかに信じがたいが、後藤さんは「僕は子供の頃から体が小さく運動神経が悪かった」と振り返る。身体能力の差は、考えることで補ってきた。「他者との違いをどうつくればいいのか、有名な人が言うことが本当なのか、ずっと考えてきた」。その積み重ねが日本代表SHへの道を切り開いた。

 日本代表で長谷川慎コーチがつくりあげてきたスクラムも、常識破りの技術の筆頭である。FW8人の体同士が接する面を縦横4枚の「壁」と捉える。この壁を崩さないように全員が意識することで、スクラム中の姿勢が乱れなくなる。逆に組む前から相手に重圧を掛け、窮屈な姿勢にさせてしまう。他の国のマニュアルにはない、斬新で緻密な理論である。「体の強い外国人と日本人が同じ土俵で勝負したらダメ」と語る長谷川コーチも常識にとらわれていない。

 パラリンピックで考えさせられたことがもう1つ。ルールの柔軟さである。日本が銅メダルを獲得した車いすラグビーは、障害の重さに応じて選手に点数を付け、出場選手の総得点に上限を設けている。公平な競技環境をつくるとともに障害の重い選手にも活躍の場を与える、巧みな取り決めだ。

 ラグビーも時代の要請に応じて柔軟にルールを変えてきた。今年採用されたキックなどの新ルールもその一例。近年は特に選手のケガを減らすことが規則改定の眼目になっている。

 その意味で、これから焦点になる可能性があるのは選手の体重制限だろう。1995年のプロ解禁以降、選手の大型化は進んできた。コンタクトプレーの衝撃は体重が重いほど増す。その分、ケガも増える。選手の体格差があればいっそう危険性は高まる。

 ニュージーランドは昨年から85キロ以下の選手限定の全国大会を始めた。小柄なプレーヤーや、真剣にラグビーをしたい中高年。ケガを恐れて競技から遠ざかっていた人たちを呼び戻すことが目標だ。

「新種目」を支援するのが、2011年W杯でオールブラックスを優勝に導いたグレアム・ヘンリー元監督である。同国ラグビー協会のホームページでコメントしている。「うまくいけば、85キロ以下の代表チームを編成できる日もそう遠くない。ニュージーランドとライバルが85キロ以下の試合をすればどんなにスペクタクルでしょうか」。

 イングランドではトランスジェンダーの選手に対し、身長、体重が基準以下でないと女子の大会への参加を禁止する案が検討されている。

 重いPRと速いWTB、すばしっこいSHが一緒にプレーできるのがラグビーの醍醐味である。全選手に85キロの体重上限を設けるインドの国技、カバディのようなルールはそぐわない。ただ、ラグビー選手の安全を求める声は急速に高まっている。ニュージーランドの「中軽量級」のように、選手の体重を考慮した取り組みも柔軟に行っていくべき時だろう。

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