ラグビーリパブリック

コーチが「教えられない感覚」を持つ山田響 異色転向で慶大の得点機増やすか

2021.09.02

密集サイドを突く山田響。ポジションを変えての新境地(撮影:長岡洋幸)


 すでに誰にも似ていない。

 日本最古豪の慶大でルーキーイヤーからレギュラーだった2年の山田響は今季、大胆なコンバートに挑む。グラウンド最後尾でキックとランを使い分けるFBから、接点の近くでパスをさばくSHへ転じたのだ。

 三井大祐ヘッドコーチ(HC)が「彼にしかない間合い、感覚がチームにはまっています。(ランで)仕掛けたほうがいいか、(パスを)さばいたほうがいいか(を判断する)。そうした教えられない(先天的な)感覚をもともと持っている選手」と話すかたわら、本人も述べる。

「SHっぽくもあり、FBっぽくもある。両方の要素があるSHになれればな、と思っています」

 4歳で明石ジュニアラグビークラブへ入り、兵庫・報徳学園高2年時にはユースオリンピックの男子7人制ラグビー日本代表、高校日本代表に選ばれるまでになった。

 身長174センチ、体重78キロと細身も、加速力、相手を抜くリズム、キックの精度、何より有事に表情を変えぬ飄々とした気質で存在感を示す。

 報徳学園高の有力選手はスポーツ推薦制度のある強豪校へ進むことが多いが、山田は不合格にもなりうるAO入試を経て同高出身者初の慶大入部を果たしていた。

 他の部員の多くは、内部進学者や一般入試組だ。タフに鍛えられたたたき上げの戦士と数名の綺羅星で構成されるチームにあって、三井HCは、山田の「転職」を前向きに捉えた。

「戦力が限られたなかで一番いい選手が一番ボールを触るポジションにいくのがいいのでは。そう栗原(徹)監督に聞いた時は、僕もすごくおもしろいと思いました。FBの位置でも素晴らしい選手だと思うのですが、(競技の構造上)そこまでボールが回るのに時間はかかります。慶大のなかで響のよさが出るのはどこなのだろうと考えた時、よりボールの触れる機会がある9番(SH)なのでは…というのが今回のプランです」

 ボールを動かすBKのポジション群にあって、SHはもっとも専門性が高いと言われる。重要なタスクのひとつは、地面の球を拾って投げる動きだ。

 三井HCは現役時代に早大、東芝のSHとして活躍した。転向した山田には「最初は足の置き方、手の置き方など、よく言われている基礎の基礎についてアドバイスはしました」。ただし「それができていないからダメ、こう投げなさいと、口うるさくはいっていないです」。その心は簡潔だ。

「最終的には、味方が捕りやすいパスがいいパス。自分で考えてやるように」

 もともとポジションにこだわりがなくすんなりコンバートできた本人も、経験あるのみとの構えだ。

「ボールに対して足を近づける、ボールを握る。そのふたつが重要かなと思っています。教えてくださることもありますが、自分の経験からわかる気づきのほうが大きいかな、と思います」

 8月までに帝京大戦、東海大戦と2つの練習試合に出て、「やっぱり経験が浅いので、まだまだだなと」。圧力のかかった接点からの球を出すとき、その軌道を乱してしまうことがあった。

「近場(接点の周り)でどうボールを動かしたらいいかをもっと考えていかないといけないな、と感じます。走りながら投げずに(地面の)下から投げるというの(経験)がなかったので慣れない部分があるのと、(味方の)FWにプレッシャーがかかってきてパス1本、1本が大事なものになるところが難しいな、と感じます」

 しかし、悲観してばかりではない。SHとして初の実戦となった帝京大戦では、なんと3トライをマーク。そのうちふたつは、抜け出した選手をサポートしてそのまま駆け抜ける形だった。

 山田はかねて実地訓練と平行し、国内トップリーグの試合映像をチェック。接点の位置から味方のラインブレイクを予測し、最短距離のコースで援護に走るSHの動きを目で追ってきた。

「やったことがなかったので、どういったコースを走ればいいのかなと参考にしました」

 新しい位置で豊かなスピードを活かす裏には、生来の冷静さに加えて日々の学習成果があった。早くも、「FBっぽくもあるSH」のイメージを形にしつつある。

「しっかりFW、BKにいいボールを供給して、自分でもこじ開けるようなランもやっていきたいです。去年は自分の強みであるランが生かせなかったので、ポジションが違うなかでもそうした面が出せればと思います」

 三井HCは、SHとしての山田に「常にチャンスを探している」という魅力を感じる。突破の糸口を探るその視線に、特異性を見出していた。期待は高まる。

「もちろん、SH特有の専門的なパスの部分も高めてくれたらと思います。ただ、そこだけにとらわれず、彼にしかないものを見つけて欲しいです。響を見た人が『一番、うまい人がSHをするんだ』と思うようなSH像を作ってもらえたら」

 チームは、選手寮内でウイルスのクラスターが生まれたことに伴い、一時、活動を自粛した。三井HCいわく、「その間のミーティングはすごく多かった。本当の意味でチームがひとつになるきっかけとなった」。見方によっては上昇気流に乗っているようにも映る組織にあって、山田が新天地での輝き方を探る。

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