故郷への想いがあふれ出た。
女子15人制日本代表候補の平野恵里子は釜石鵜住居復興スタジアムの芝に立ち、涙をにじませた。
2022年10月に開幕が延びたワールドカップ(女子/ニュージーランドで開催)。同大会への出場を目指すサクラフィフティーンは、10月に予定されるアジア予選への準備を進めるため、8月22日から8月27日に岩手県釜石市でキャンプを張った。
平野は候補メンバーに選ばれ、8月26日におこなわれたチーム内試合にWTBとして出場した。
ボールを持つ機会はあまり多くなかったが、忠実なプレーで存在をアピールした。
岩手県大槌町生まれ。釜石シーウェイブスジュニアでラグビーをはじめ、釜石高校へ進学した。
東日本大震災時は高校3年生、大学進学の直前だった。自宅を流失し、避難所生活も経験した。
日体大女子でプレーを続け、卒業後はYOKOHAMA TKMへ。2017年のW杯では日本代表の一員に選ばれた。
昨年11月からスペインの1部リーグ、セビージャに半年間所属し、実力と経験値を高めた。帰国後、アザレア・セブンに入団した。
平野の涙腺が緩んだのはその試合後、地元のメディアから、「大槌、釜石の人たちが期待しています。メッセージを」と言われた時だった。
「震災から10年経ちました。このスタジアムに、日本代表候補選手として、こうやって恩返しすることがひとつの目標でした」
自分たちの街の選手がトップレベルにいると知ってもらいたい。明るいニュースを届けられるように頑張りたい。
あふれ出るものをおさえながら、そう話した。
今回のキャンプ初日に湧いた感情を言葉にした。
「最初に(スタジアムのピッチに)立った時は胸が熱くなるような感じでした。ワールドカップ予選に向けて(チームが)釜石を合宿の地に選んでくださったので(自分自身の)思いも強い」
「釜石の人たちが復興した底力も吸収したい」と続け、アジア予選に向けて力をつける覚悟を口にした。
スタジアムの横にはサクラフィフティーンの旗とともに大漁旗も掲げられていた。
鉄と魚とラグビーのまちが、日本を代表するチームを歓迎している気持ちを表していた。
多くの人たちが自分たちを見つめていることについて平野は、「プレッシャーを少し感じますが、それもプラス(の力)に変えていきたい」と話した。
コロナ禍でなければ、子どもたちと触れ合うこともできたかもしれない。
「これまで(釜石に)女子日本代表が来ることがなかったので、子どもたちと交流する時間もほしかったのですが、それは叶いませんでした。でも、動画などで間接的に交流できたのでよかった」
スペインから帰国した後、隔離期間もあった。新しいチーム環境に慣れる時間も必要だったため、コンディションが下がった時期も。
しかし今キャンプへ向けて調子を上げ、競争を勝ち抜く準備を進めて故郷へ乗り込んだ。
留学先で成長した点を、「スペインでは深い位置でボールをもらい、1対1で勝負する戦術の中でプレーしていました。(その感覚は)セブンズでも15人制でも生かせると思っています」と話す。
釜石での紅白戦については、「ボールタッチは少なかったけど、声を出してボールを呼び込めたり、周囲を指示で動かすことはできた」と振り返った。
代表入りは約束されたものではない。しかし、何かを背負って前を向く者は強い。
平野は代表メンバーへの選出、そして世界での活躍というニュースを地元へ届けられるように走り続ける。