「あとは勝つだけやね。大学のサポートで人も物もそろったから」
総監督の河瀬泰治は力がこもる。
摂南大に2階建ての部室棟が完成する。人工芝のグラウンドに沿って90メートルほど。周囲にはLEDの照明塔が8基立つ。
棟内には部室や対戦相手のロッカールームがある。エレベーターでも上がれる2階には段差があり、観戦席になる。中央のミーティング室はガラス張り。生駒山の新緑が一望できる。新年度から本格的に使われ始めた。
河瀬の言葉に間違いはない。
人工芝グラウンドの完成は昨年4月。大阪・寝屋川のキャンパスから道1本隔てた東側に移築された。衝撃吸収はより強い。時を同じくして新監督に瀬川智広が就いた。河瀬の東芝(以前は東芝府中)の後輩である。
瀬川は体育の准教授でもある。大阪体育大出身の50歳は新しい部室棟にご満悦だ。
「1階にウエイトルームもあるので、全部員がいっぺんに練習ができ、目が届きます」
それまでウエイトは体育館でやっていた。
部室棟もグラウンドもラグビー部の専用ではない。しかし、優先権はある。大学の強化クラブは陸上、柔道、剣道を含めた4つ。
「その中でも最大のサポートをしてもらっています」
コーチの内部明彦は話す。
内部はまた大学職員として、この施設の運用を担当している。
「井上さんから、トップリーグ並みですね、って言ってもらえました」
名前が挙がったのは井上聖人。キヤノンのチームディレクターである。
その井上らが訪れたのは6月6日の京都産業大戦。関西春季トーナメントの2回戦だった。相手は昨年の関西3位。摂南は6位。施設ができたとはいえ、その差は簡単には埋まらない。スコアは22−50だった。
相手の持ち味であるスクラムで強烈にあおられた。モールも押された。こちらのラインアウトの投げ入れは定まらない。
「セットを安定させないといけません」
瀬川は反省を述べた。
野上友一は前半を見て言った。
「京産の方が体がぶ厚いね」
監督をつとめる常翔学園と摂南は同じ学校法人。野上は前校名の大阪工大高時代、河瀬の1学年上だった。京産大にも多くの教え子を送った。両校に縁が深い。
摂南には、その栄養、量、味、そして安価で知られる「摂南飯」がある。腕をふるう中心は管理栄養士の古野幸子。その食事がコロナによって、昨春から中断している。
摂南にはラグビー部の専用寮がない。「自宅から通える」ということが誘い文句のひとつではあるが、外国人留学生や地方出身の部員からすれば、現状では食事の負担は大きい。一方、京産大には寮があり、摂南飯を参考にした寮食が出る。野上が見抜いた体格差はトレーニングのみではない。食事も睡眠と並び、大切な要素である。
ただ、試合では光明もあった。後半は22−12と上回る。後半34分、WTB藤井延卓(のぶたか)のトライは、2人の外国人留学生の突破が軸。ともに4年生になったCTBテビタ・タイとFBヴィリアミ・ツイドラキはボールさえ持てば、見せ場を作れる。
瀬川は振り返る。
「互角に戦えた時間はありました」
その時間帯を長くするためにも、東芝や7人制日本代表での監督経験を生かしたい。トップリーグ連覇は2008年から、リオ五輪の4位入賞は2016年だった。
目標は定まっている。
「選手権に行きたいです」
摂南の大学選手権出場は2回のみ。16校制だった2008年度の45回と46回大会に連続で出る。45回は最高位となる8強進出。帝京大に7−55だった。12大会ぶりの出場を確実にするには、関西リーグの上3つに入る力が必要だ。この春は、天理大、同大、そしてこの日の相手の京産大の評価が高い。摂南の直近5年の成績は昨年の6位から順に7、B、8、7となる。
目標達成のため、瀬川はラグビーに専念する。家族は東京に置き、大阪に単身赴任。昨年、環境の変化でふっくらした顔も、大学への行き帰りを歩くなどして元に戻した。自分を律する大切さを無言で部員に伝える。
摂南大のジャージーは濃紺など青系3色。フレンチ・バーバリアンズを模している。今から36年前の10月23日、河瀬は日本代表としてこのチームと対戦する。
そのトイメンはジャン・ピエール・リーヴ。フランスの顔である金髪FLの引退試合だった。日本代表は4−45(当時トライは4点)と敗れたが、国際試合時に召集されるチームの強さや人気を現地で目の当たりにする。
翌1986年、摂南大に監督として呼ばれる。荒川博司の尽力があった。荒川は河瀬を高校入学時にラグビーに誘い、常翔学園の歴代5位となる全国大会優勝5回の礎を築いた。河瀬の研究室には2人の恩人の遺影が並ぶ。荒川と明治大時代の監督・北島忠治である。
河瀬の着任と同時に摂南大は強化を開始。ジャージーは思い出ある青に定める。創部から10年を経ていた。
今、グラウンドの指導は、還暦を2つ越える河瀬から瀬川にゆだねられた。整った施設を追い風に、この由緒と歴史あるジャージーとともに、本家同様、世を席巻したい。