笑顔に汗が光っていた。
女子ラグビー、ブレイブルーヴのピート染谷瑛海（そめや・えいみ）が楽しそうにプレーしていた。
5月29日、30日、千葉・柏でリージョナルウィメンズセブンズ関東大会が開催された。優勝したのは横河武蔵野アルテミ・スターズ。接点の強さを活かした守りから攻撃への切り替えが素晴らしく、接戦（19-17）を制した。
しかし、ファイナルで王者に食らいついたブレイブルーヴのパフォーマンスも見事だった。トライ数は3-3と同じだった。
そのブレイブルーヴの中で、ゲームメーカーの安尾琴乃とともにピッチを走り回ったのがピートだ。
168センチ、72キロという恵まれた体格に加え、加速力のある走り。ステップも駆使して、何度も防御ラインを突破した。
ルーヴに加入して2年が経つ。
いまでこそ笑顔で気持ちよくピッチを駆けているけれど、チームに加わる直前はドン底だった。
もともと2020年夏に予定されていた東京オリンピックへの出場を夢見て集中していた。しかし、脳震とうに苦しむ。その後遺症に悩まされる時期が続いていた。
2018年12月にドバイで開催された「Dubai Rugby Sevens International Invitations」に女子セブンズ日本代表・候補の選手たちとともに、SDS（セブンズ・ディベロップメント・スコッド）チームの一員として参加した。
目標へと続く道をしっかり歩んでいた。
しかし、遠征後の活動中におこなわれた練習試合中のプレーで脳震とうとなる。
4度目だった。
後遺症もあった。くり返す辛さに、第一線でプレーを続けるのは無理と判断するしかなかった。
悲しいけれど、引退を決めた。
東京理科大の1年生時の秋、「五輪が終わるまでは文武両道ではなく、集中したい」と休学を決めた直後だった。
アメリカ人の父と日本人の母の間に生まれた。千葉・我孫子高校出身。高校進学と同時にラグビーを始めた。男子部員たちと練習を重ね、ぐんぐん力を伸ばした。
千葉ペガサスにも入り、女子セブンズの世界で頭角をあらわす。勉強も頑張り（評定平均4・6）、指定校推薦で大学進学も決めた。
実行力のある人だ。オリンピアンへの道も突き進もうとしていた矢先の不運だった。
引退を決めた後は気持ちが沈んだ。
人生を懸けた選択をしてまで選んだ道が途切れたのだから当然だ。千葉ペガサスも退団した。
そんなときに声をかけてくれたのが、ブレイブルーヴの難波良紀GMだった。
「ラグビーを楽しむ。そんな目的でやってもいいんじゃないか、と声をかけてくださったんです」
気持ちが楽になったから、また、歩き始められた。
府中を復活の場所に選んだ。
リハビリもしたくない状況から、一歩一歩上を向いた。「そのことばかり考えず、あまり気にしないでプレーするようになったら、うまくやれる。そう思えるようになってからケガもなくなった」と表情も明るい。
ダイナミックに走り、体を思い切り当てる。
本来のプレーが戻った。
以前との違いがあるとしたら、心境の変化だ。
オリンピックという言葉は、もしかしたら自分の視野を狭くしていたかもしれない。
「いまは、まず、ラグビーを楽しんでいます。その先は、楽しむことの延長線上にあるもので、ラグビーを楽しむこと自体が上を目指す上で重要なこと、と考えられるようになりました」と穏やかに話す。
大学に復学し、現在3年生。建築学科に学び、将来は一級建築士になりたい。大学院進学も視野に入れて学生生活を過ごしているという。
柏の自宅から通う府中までの道のりも、楽しみが待っていると思えば足取りも軽くなる。
「奈良さん（秀明ステップコーチ）にステップを教わったり、自分の選択したプレーをサポートしたり、修正してくれる仲間がいるルーヴは、すごく居心地がいいですね。みんなと一緒に成長していきたいな、と思っています」
決められた面積の中でイマジネーションを膨らませる住宅の設計に興味がある21歳は、五輪一色でないラグビー人生を自分の歩幅で歩んでいる。
