もう、早く飲みに行きたい。皆でそう言い合っています。
シーズン終盤の春頃、練習施設の隅からそんなつぶやきが確かに聞こえた。
これは、無自覚な保菌者による飛沫感染を望む声ではあるまい。ひとまず参加するリーグで設けられた制限が解かれ、何より、自分たちの住む日本がニュージーランドやオーストラリアのような他のラグビー大国に近い状態となることへの切なる願いだろう。
約1か月後。2021年2月からの国内ラグビートップリーグが閉幕した。社会的な制約のあるなか、前年度は不成立となった日本最高峰の合戦が全日程を消化した。
優勝したパナソニックのロビー・ディーンズ監督は、好調の要因を語る際にもウイルスの影を思わせた。
「COVID-19を乗り越えるにあたり、チーム内の規律は高まった。それがゲームに作用していると思います」
受難の時期は長かった。計5チームでのクラスター発生がわかり、1月14日に予定された開幕の延期が決まったのは当日の2日前だった。
NTTコムは、東芝との初戦を新国立競技場でおこなう予定だった。急な予定変更に関し、同部の関係者は「あの時は(練習試合で連勝するなど)調子がよかったのですが…」。自軍が今季あまり白星を挙げられなかった理由は別にあるとしながら、モチベーションを保つ難しさを後述した。
万人にとっての想定外の事態を受け、それまで各加盟クラブが担ってきた感染症対策の主導権は、リーグ側に渡った。
諸事の対外的な説明や調整には、本来は担当外だった岩渕健輔・日本ラグビー協会専務理事も乗り出す。外出制限をはじめ、対策用のルールも厳格化された。もともと2週間おきだった一斉検査は1週間おきとなった。
結果が出るまでの数日は心をざわつかせるというルーティーンが、季節をまたいで続いたこととなる。
検査結果は週に1度、公開され、そのほとんどが「陽性数」を「0件」と示した。たまに「1」や「2」などの数字があると、無事だったクラブのスタッフは「個人名はともかくチーム名は公表できないものか。明かさないことでお互いがお互いを疑うようになる」と漏らした。
ほぼ週に1度、各地で開かれたハイスペックなゲームの裏では、それに携わるアスリートやスタッフへ無形の負荷がかかっていたのだ。
ニュージーランド代表のTJ・ペレナラが際立ったNTTドコモでは、初の8強入りの本当の要因を作ったヨハン・アッカーマンヘッドコーチがこう明かす。
「本当はオフフィールドでの楽しいことをもっとしたいけれど、いまはコロナのせいで厳しいことばかりしている状態。そのバランスを、できるだけ早く整えてあげたいです」
忍耐が実るとは限らない。日野に陽性反応者が出て、第7節の8試合中1試合が中止となったのは4月4日。リコーではプレーオフ2回戦突破後に陽性反応者が相次ぎ、準々決勝を辞退した。
2018年度12位のキヤノンでベスト8入りした沢木敬介監督は、年末年始に活動を休まざるを得なくなっていた。
活動を再開させ連勝街道に乗るさなか、現況と向き合う態度についてこう言葉を選んだ。
「俺らも、別に外でどうのこうのと特別していたわけじゃないけど、それでもかかるのが、コロナじゃない? (以後は)皆、カフェに行くのも我慢するとか、より気を付けるようにはしていると思います。しっかり自粛して、我慢して、やれることをやって、それでもかかっちゃったら、しょうがないと潔く思える。なるのは悪じゃない。でも、誘惑に負けて、リスクある行動をしてかかっちゃったら、それはもう後悔しか残らない。1人の行動で試合ができなくなるかもしれないという思いがあれば、自然と行動は決まってくる。どこのチームも、そういう風にしていると思います」
5月23日、東京は秩父宮ラグビー場。北スタンド上部の電光掲示板には、幾多の情念の蓄積としての「サントリー 26—31 パナソニック」という試合記録が刻まれた。
複数の選手が発信する「大変な状況のなか試合を開催して下さり、感謝しています」との談話は、社交辞令と異なる色彩を放った。
サントリーは、キヤノンと同じく1月に陽性者を出していた。中村亮土主将はファイナリストとなってから、こう吐露していた。
「(1月に陽性者が出てから)もう1回、自分たちが陽性者にならない、濃厚接触者にならないと改めてのミーティングをして、決まりごとも厳しくした。それをチームのメンバーが受け入れてやっていたので——まだ優勝はしていないですが——報われてよかった」
もう、早く飲みに行きたい。皆でそう言い合っています。
かように漏らした青年が一定の制限から解放されているいま、多くの飲食店から酒類が消えている。
新リーグが始まる2022年1月までの間に、各所で納得感のあるオペレーションがなされるのを願う。