この試合で唯一のトライの裏側を明かしたのは、サントリーの流大だ。
5月16日、大阪・東大阪市花園ラグビー場での国内トップリーグプレーオフ準決勝。クボタを9-6とリードしていた前半33分、敵陣22メートル線エリア右でラインアウトを得ていた。
2019年には日本代表としてワールドカップ日本大会へ出ていたSHの流は、FW陣が組んでいた円陣へ入るや何やら訓示。その詳細を、追って書面で振り返った。
文面を句読点などで改めて整理すると、このような内容となる。
「FWがモールでいくと話し合っていて、ボーディーも『じゃあそうしようか』と話していたので、僕からは『いまやるべきベストオプションはモールじゃなくて、クイックボールを出してアタックすることだ』と伝えた」
ちなみに「ボーディー」とはボーデン・バレット。ニュージーランド代表で今季加入したSOだ。流はFW陣と司令塔の打ち合わせが「モール」という密集戦に着地しそうなところで、「クイックボール」という「オプション」を提案したわけだ。
確かにここまでの間、好機でモールを押し込めないシーンが2度も続いていた。特に約17分前の1本は、向こうのLOのルアン・ボタが身長205センチの長躯とパワーを活かして防いだ。
サントリーで主将経験のある流は、戦術眼と部内での信頼関係の構築で激しい定位置争いをリード。前半33分頃の円陣でもその資質を活かした格好で、「ボーディーが僕の意見を尊重してくれた」。サントリーのFW陣はラインアウトを前方で捕球するや、流、バレットへと順に球をつなぐ。
クボタのFW陣がラインアウトの箇所へ固まる隙に、バレットは簡潔にさばく。左隣へ走り込むアウトサイドCTBの中野将伍ではなく、その後ろから駆け上がるインサイドCTBの中村亮土主将へパスを放った。
中村はすぐに左側へ展開。FBの尾崎晟也がバトンを受け継ぎ、最後はさらに大外にいたWTBの江見翔太が防御をかわす。
14-9。
流によると、「クイック」で球を出してから逆側へ大きく振ったのはバレットと中村亮土の判断だったという。最後は26-9のスコアで決勝進出。新型コロナウイルス感染症の拡大と社会情勢に左右された今季ここまでの戦いを、こう総括した。
「今年のトップリーグではコロナという誰もが経験のないシーズンを迎え、生活やクラブハウスでの制限、試合の延期や中止、無観客試合などさまざまなマイナスになりえる要因があるなか、主将を中心にいつも自分たちにフォーカスし準備を重ねてきた。その結果、決勝進出できた」
サントリーは歴史的にアグレッシブ・アタッキングを部是とするが、その言葉の定義は狭くない。自ら球を手放し防御に転じるのも攻めの一手と捉えられそうで、今度のクボタ戦でもキックが多用された。湿度の高いグラウンドコンディションにあって、今季活躍するバレットはこう考えていた。
「ボールを動かしながら戦う試合としては、難しいコンディションでした。芝生が伸びていたこと、かつ試合前に雨だったこともあります。その状態でもできるラグビースタイルに調整し、戦いました」
クボタの鋭く前に出る防御ラインの裏に、バレットが、流が、中村亮土が長短を織り交ぜて蹴る。特にグラウンド両端への一手が地域獲得に役立ったが、その背景には蹴る選手とその弾道を追う選手とのシンクロがあったと流は補足する。
「これができるのはコーチ陣が明確なプランを提示してくれて、それに対して1週間かけて選手同士で話し合い、練習で実践して準備した結果。僕とボーディーが毎週、毎日話し合うのは正しいエリアで戦おうということ。だから僕とボーディーのキックで正しいエリアに侵入し、そこでアタックをする。毎試合、楽しませてもらっています」
この日は接点もコントロール。好ランで光ったFLの小澤直輝は、自軍ボールの接点では「速いテンポでラグビーをするために、強いボールキャリー、速いサポート」を意識したと回答する。
序盤、相手の日本代表FLのピーター“ラピース”・ラブスカフニと南アフリカ代表HOのマルコム・マークスによる強力なジャッカルを味わったが、その後は同じ手は食わないよう修正したとのこと。逆に相手ボールへは、PRの垣永真之介、NO8のショーン・マクマーンらがしつこく絡んだ。サントリーの敵陣での防御が、ペナルティゴール獲得につながることもあった。
決勝は23日。東京・秩父宮ラグビー場で、2014年からロビー・ディーンズ監督が指導するパナソニックが待ち構える。
ディーンズと同じニュージーランド出身のバレットは、パナソニックについて「とても良いチームと聞いている。彼(ディーンズ)が率いるチームは、とてもよく鍛えられています」。パナソニックはかねて堅守で鳴らし、サントリーがクボタ戦で示したエリア制御にも一日の長がある。
バレットの言葉は、短期決戦でのリアルを想像させる。
「時々は手堅く汚く勝つ試合もある。(試合の中で)勝つ方法を見つけないといけない。たくさんのプレッシャーがあるときは特に。グラマラスの(魅力的な)ラグビーがいつも勝つわけではないです」