ラグビーリパブリック

【ラグリパWest】後輩たちのためにパンをおくる。 坂田輝之[パン工房 ラ・ブーランジュリー・アンファン]

2021.05.17

母校である和歌山工のラグビー部に補食用のパンを提供する坂田輝之さん。自身はSOとして69回全国大会に出場している。坂田さんがオーナー兼職人であるパン工房「ラ・ブーランジュリー・アンファン」は和歌山市内のお城近くにある。指をさしているのは主力の揚げパン。後ろには母校が花園出場を果たした時の記念球が見える。



 売りもののパンを無償で送り続ける。
 ラグビー部の後輩たちの補食として。
 もう16年になる。

 坂田輝之はパン工房「ラ・ブーランジュリー・アンファン」(La Boulangerie Enfant)のオーナー兼職人である。

 高校の3年間、「ワコー」と呼ばれる和歌山工で楕円球を追った。その部への差し入れは多い時は月5回ほどになる。

「僕が高校生の時はいつもお腹を空かせていました。だから差し入れがあるとうれしかった。作ったパンを無駄にしたくない、という思いもあります」
 クリっとした黒い瞳は輝きを帯びる。

 山下弘晃からは感謝がにじむ。
「ありがたいことです。本来ならお金がかかることですから」
 和歌山工で部長や監督を歴任した58歳は今、世話役のような存在だ。

 居酒屋「双六屋」の大将もラグビー部に人気の肉吸いを振る舞った。食の同業者として坂田には尊敬の念がある。
「小麦やバターなど材料費が高騰しているこの時代に、ああいう形で寄付を続けているのは、どう考えてもありえません」
 坂田は「残りもの」と謙遜するが、パンはぬくもりがあったりする。

 店は短く「アンファン」と呼ばれる。
「フランス語で子供です。焼き上げたパンは僕にとって子供みたいなものですから」
 その「子供たち」は食パンからフランス、菓子、総菜などパン全体を網羅している。
「種類は100くらいあると思います」
 イチ押しは揚げパン。カレーには関西人の好きな牛すじ、あんには十勝産の小豆を使うなど、それぞれ美味しさのこだわりがある。

 基本的に1個100円台。消費者側に立つ。
「1日に500から600個くらい作ります」
 朝5時前に仕事に入り、夜7時の閉店まで、長い日は15時間近く働き続ける。

 店はけやき大通りの三木町(みきまち)の交差点にある。JR和歌山駅から和歌山城に向かう途中。街のシンボルである白亜の築城は1585年。安土桃山時代だった。紀ノ川を使った水攻めを想定したため、天守閣は仰ぎ見る位置に作られた。江戸時代は徳川御三家の紀州藩。8代将軍の吉宗を生んでいる。

 店の目印は赤のテント看板。母校のジャージーと同じ色だ。
「僕はこの色が好きなので」
 南側に女子中高を持つ和歌山信愛がある。
「生徒さんが買ってくれるかな、と思っていたら、買い食いは禁止でした」
 けやき大通りの人の流れにも期待した。
「夏と冬はみんなバスを使うんです」
 人生は計算通りに行かない。それでも、今年、開店から21年目に入った。



 坂田がラグビーを始めたのは、高校入学後。2学年上の兄・和博がPRとして在籍した。1学年上にはFBだった栢本和哉(かやもと・かずや)がいる。大阪経済大から近鉄に進み、日本代表の下にあたるA代表に選ばれた。

 3年時は長いキックとタテへの強さでSOとしてレギュラーをつかみ、69回全国大会(1989年度)に出場する。
 1回戦は北見北斗に9−8と1点差勝ち。2回戦で優勝候補の花園(京都)と激突する。

「あれっ、という衝撃を受けました。僕の目の横から出たCTBがすごいタックルを決め、相手を退場させました」

 試合は0−36で敗れた。
「でも、あのタックルがなかったら、100点ゲームになっていたと思っています」
 勝者は8強戦で天理に6−6の抽選負け。その天理は決勝で啓光学園(現・常翔啓光)を14−4で破り、優勝している。

 この2回戦進出が、出場24回と県最多を誇る和歌山工にとって、4回ある最高成績のひとつである。
 CTBだった橋本浩行は内装の仕事に就き、開店時にも店内を整えてくれた。

「ラグビーで学んだことは忍耐です」
 海辺の雑賀崎(さいかざき)までの9キロ走がアップ代わり。3、4時間、走り通しだった。コーチだった山下は振り返る。
「一番走らせた学年やと思います」
 その猛練習は商売の芯になっている。

 卒業後は、関西Aリーグに上がる鐘淵化学(現カネカ)で1年半ほどプレー。転職して3年の会社員生活ののち、パンの道に入る。
「したかった仕事でした。中学の時、料理か大工の道に進もうかなあ、と考えていたくらいでしたから」
 個人店からドンクなどの大手まで4店で10年ほど修行を積み、仕込み、焼き方、接客などすべてをマスターした。

 独立して、目に見える支援を続けるOBとして母校への希望を口にする。
「部員が今以上に増えて、県大会では安定して優勝を続けられるようになってほしい」
 坂田の時代はラグビーブームだった。テレビドラマ『スクール★ウオーズ』に影響を受け、部員は100人近くいた。今年の新入生18人。3学年の選手は44人。少子化の時代。昔と比較はできないが、内部競争の生まれる数は、同時に力の象徴でもある。

 助力の気持ちはしぼまない。
「僕がここでお店をやっている限り、差し入れは続けていくつもりです」
 自分を育ててくれた部の強化のため、坂田は今日もパンを焼き、喜捨をする。

■パン工房 ラ・ブーランジュリー・アンファン■
〒640−8105 和歌山市三木町南ノ丁19
電話番号 073−421−3156
営業時間 午前9時〜午後7時
店休日 土、日、祝日。平日も売り切れ次第閉店

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