千葉県船橋市の株式会社クボタ京葉工場。ゲラード・ファンデンヒーファーが雨に降られ、球を蹴り込んでいた。
ある時はゴールライン上からポストへ当てるように、またある時はさまざまな位置からポール間を通過させるように。
いつも正門前で選手の往来を見守る守衛の中年男性は、驚いていた。普段は同じ南アフリカ出身のマルコム・マークスらと行動を共にするファンデンヒーファーが、1人で車を走らせ敷地内のグラウンドへ訪れたからだ。この日は4月14日の水曜日で、全体練習は休みだった。
「僕たちが見ているのがわかると引き上げてしまうかもしれないですから、そっとしておきましょう」
隣接するクラブハウスの2階にいたチームスタッフがそう気遣うなか、当の本人は具体的なフォーカスポイントを定めていた。
蹴り足を振り抜く瞬間、それと逆側の肩や腕を後方へひねらない。蹴った方向へ足先と胸元をまっすぐに向ける。かくして弾道を安定させる。
3日前、東大阪市花園ラグビー場でのことだ。国内トップリーグ第7節にWTBで先発した通称「G」は、後半30分、40分、任されたペナルティゴールを外していた。計6点を得るチャンスを失い、トヨタ自動車に24-25と1点差で敗れた。
「たくさん蹴ることで、技術的な細かい点を修正したかったのです。(外したキックは)ボールが左へ巻いてしまっていた。それは肩が開いていたから。足をボールにヒットさせる瞬間に腰が(その動きに)ついていくような形にできれば、改善できると思っていた」
悔しさの残るワンシーンをテクニカルな視点で見直し、改善を図っていたのだ。関係者によるとファンデンヒーファーは悪天候の14日以外も、ひたすらキックを蹴り込んでいたという。
4月24日から、トップリーグのプレーオフトーナメントへ参戦する。1回戦の免除を経て迎える東京・江戸川区陸上競技場での2回戦では、2017年度まで在籍したヤマハと激突。古巣を前に、成長の証が求められるわけだ。
過去最高6位のクラブにあって、トヨタ自動車戦に続いて14番をつける。
「この2週間、ゴールキックをかなり練習しました。またトヨタ自動車戦ではボールタッチの回数も少なかったので、練習ではたくさんボールをもらうよう意識してきました。ヤマハは、何度もプレッシャー下でプレーしたことがあるチームです(2018年度まで5季連続で4強入り)。今回、何をすべきか、向こうはよくわかっているでしょう。我々もボールを持ったらしっかりアタックできると思うので、私はコンタクト時や接点での姿勢(を保つ)。ディフェンスでもコンスタントにプレッシャーをかけたい。外側(のスペース)を閉じてゆく」
身長192センチ、体重102キロと大きな32歳は、キック力とスピードを持ち味とする。母国ではブルズ、ストーマーズの一員として国際リーグのスーパーラグビーへ挑み、アイルランドのマンスターを経て2016年に初来日した。
2018年からの2シーズンは、国内リーグとのかけ持ちで日本のサンウルブズでのスーパーラグビー参戦も経験。もともとは「(目の前の)シーズンを全うする」ことに重きを置いていたが、この国に長くいるほど周囲から別な目標を勧められる。
当時の「連続居住3年以上」という条件をクリアし、日本代表入りの資格を得ることだ。
「それが、長期的な目標ではありました」
本来なら2019年のワールドカップ日本大会も視野に入れていたが、1年目のオフに帰省した時間が長かったために本番前の解禁はならなかった。
それでもジェイミー・ジョセフ ヘッドコーチは、4月12日に発表した2021年度の日本代表候補へファンデンヒーファーの名前を書き入れた。5月24日までに35名の正規メンバーを決め、6月以降の代表戦に向かう。
「代表候補入りのニュースを聞いた時は、妻と一緒に喜びました。光栄なことです。過去5年やってきたことが、ようやく実り始めた」
ファンデンヒーファー自身はそう語りながら、穏やかにこうも述べる。
「現状は先のことよりも、今度の代表に入れるように、ということしか考えていません。まずは、最終選考に残らなければ」
2023年のワールドカップ・フランス大会を見据えるよりも、「(日本代表入りのために)クボタでいいパフォーマンスを」。目先のハードルを着実に飛ぶ。ずぶ濡れになって右足を振り抜いたのも、そのためである。
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