垣永真之介がフィールドで叫ぶ。ファンの反応を招く。
「ラグビーに集中している時は、あまりお客さんの声は聞こえません」としつつ、こう感謝する。
「パッションを出した時に、(場内で)拍手が起きた時があって。あ、新しい応援の仕方ができたんだなと。ありがたい。それは、しっかりと届いています」
身長180センチ、体重115キロの29歳。東福岡高、早大で主将を務め、サントリーへは2014年度に入部した。国内ラグビートップリーグ史上最多の6度目の優勝を目指す2021年、最前列の右PRとして今季のレギュラーシーズン7戦中6戦に出た。
心持ちが変わっていた。
ワールドカップ日本大会が終わった、2019年の秋以降のことだったか。同大会で8強入りした日本代表の一員で、同期入団の中村亮土と対話する機会があった。その折は社会情勢が変わる前とあって、中村亮土のほかにも数名の同僚を自宅へ招いていた。
自軍に同じ苗字の中村駿太がいるからか、同期の星はフルネームで呼ぶ。
「(話を聞いて思ったことは)目先の結果にとらわれ過ぎないこと。中村亮土も(トップリーグの)レギュラーシーズンでずっと(試合に)出てきたかと言われれば、(主将を務める)今年以外はそうでもないんです。(チャンスを得るまで)積み重ねてきて、それでもだめだったらその時にまた考えればいいし、もっと先を見て努力をやめない…と。その時、(話を聞くまでの)過去3年間、1個のミスでだめだ、おしまいだというふうにとらわれていた気持ちが、何か、解放されたというか…。『いま』を一生懸命やることも大事ですが、先を見据えて…と意識し始めたら、もっと『いま』をがんばれるようになった。それと、失敗が怖くなくなりました。これまでのラグビー人生では自分のせいで負けた経験も、1個のミスで何試合か出られなくなる経験もしてきています。だから失敗しすぎて、失敗が怖くない。それに中村亮土の話を聞いてからは、その失敗すらも大したことはないと思えてきて…」
部内競争の激しさにも背中を押される。「違う選手も違う取材でお話ししていると思いますが」と、こう話す。
「普段の練習(相手)が一番、強い。皆が(試合に)出たいから練習に賭けていて、そういう戦いを日々、緊張感を持ってやっています」
サントリーではエディー・ジョーンズが2010年度から2シーズン指揮し、合計3つのタイトルを獲得。イングランド代表ヘッドコーチを務めるいまも、ディレクター・オブ・ラグビーとしてクラブへ携わる。2016年度からの3季は現キヤノン監督の沢木敬介が先頭に立ち、就任初年度からの2連覇で注目された。
いずれも就任前にスタッフもしくは選手として、勤勉さを貴ぶサントリーの風土に親しんできた。指揮官となれば明確な指針を示し、部下の献身を求めた。
かたや2019年度に就任したミルトン・ヘイグ監督は、協調型で通る。従来と異なる色彩を放っていそうだが、現在のほうがかえってクラブの魅力を感じているかのように垣永は語る。首脳陣の顔ぶれとは無関係に、「人間力が高くないとサンゴリアスにはいられない」と強調する。
「ここがサンゴリアスの一番好きなところなのですが、チームに徹する人間しかサンゴリアスでラグビーができない。それにプラスして、皆がサンゴリアスで試合に出る価値を理解しているんです。普段の練習も全力を尽くさなければならないし、全力を尽くしたからこそ、もしだめだった(メンバーから外された)としてもチームには勝って欲しいと思う。試合に出られない選手も、チームのなかでは個の感情を優先しない。…そういう文化が(個人を)楽な方へ絶対に逃がさない」
攻撃的なスタイルで鳴らすサントリーの真骨頂は、そのスタイルの根を支える「文化」にある。垣永は「僕が入る前からそういうもの(雰囲気)があったんだと思います」とし、小澤直輝を例に挙げる。小澤は自身の3年先輩で、今季FLとして地上戦で活躍している。
「小澤さんはずっとスポットライトを浴びている感じはなかったと思いますが、どういう状況であれやるべきことをやっていました。いつもチャンスをうかがっていた。『俺は出られないからいいや』なんてことは、聞いたことがない。かといって自分から『俺、やってるだろう』とも言わず、背中で語る。それに皆が影響を受けて、まねをしている。だから、こういう(いまのサントリーのような)集団ができていると思います」
レギュラーシーズン7戦全勝と結果を残すチームにあって、垣永は好調を維持。スクラムを安定させ、要所でジャッカルを繰り出した。その延長線上にあったのが、2021年度の日本代表候補入りだ。
2015年にはワールドカップ・イングランド大会の登録メンバー入りを直前合宿で逃し、翌年7月には右ひざの靭帯を負傷。以後、日本代表関連の活動に招かれることはあっても、中村亮土の活躍した日本大会には出られなかった。部内でも他の代表経験者と激しい競争を強いられ、近年はこのような思いでいた。
「年齢を考えてもこれからチャンスが少ない(かもしれない)という時で。なんとか結果を出したいという一心ではありました」
本人が「ネット」で知ったという今回の候補入りは、万人へ健在ぶりを再認識させた。
ただし垣永自身は、地に足をつける。2019年ワールドカップで結果を残した日本代表への敬意と熱量を示しつつも、誇れるクラブの一員であることを忘れない。
「直近の大会(ワールドカップ日本大会)で日本代表を皆にとって夢になるチームにしてくれた人たちに、ありがとうございますと(言いたい)。この5年間、幾度となく(代表復帰の)チャンスはありましたが、そのチャンスは1回もつかめず、ここまで来た。その目標が自分のなかでなくなりそうだった時にこのチャンスをもらえて、嬉しいです。ただ、いまはサンゴリアスの優勝しか考えていないです。今回はサンゴリアスから(日本代表候補を)12人も選んでいただいています。つまり、サンゴリアスで(試合に)出ることが(代表入りへの)第一関門です。一試合、一試合、結果を残して、決勝戦に出て、優勝したい」
計52名の日本代表候補が35名へ絞られるのは5月24日で、その面々がスコットランドでブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズとぶつかるのは6月26日である。
それよりも前に、トップリーグのプレーオフトーナメントがあるのだ。クラブは4月24日の2回戦(対 NEC/東京・秩父宮ラグビー場)を同プレーオフの初陣とし、決勝まで勝ち進めば5月9、16、23日と順に戦う。
社会情勢が新たな観戦スタイルを求める状況下、声と動きの光る実力者が大志を抱き躍動する。
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