ラグビーリパブリック

【コラム】賢者は体現する。

2021.04.08

選手たちと向き合い、勝利への必然性を追求した田中澄憲・明大監督(写真は2019年度/撮影:髙塩 隆)

 大切な話は、ふとした時に聞ける。

 3月某日、東京都世田谷区は明大八幡山グラウンド。今年の春までで退任する見込みとされる明大ラグビー部の田中澄憲監督が「一流」の条件のようなものを示したのは、自身の去就や後任への引継ぎ、出向元であるサントリーとの関係についての話してからのことだった。自身がこれまで接してきた指導者に関し、かような内容を実際にはよりフランクかつ具体的に発した。

◆2019年、世界8強を決めたスコットランド戦のあと。ジェイミー・ジョセフHCのもと、控え選手たちの表情も輝く

「強いチームには独特のカルチャーがあります。一流の人は、そのカルチャーを事前に調べて入ってくる。普通の人は、入ってから『あ、そうなんだ』と気づいて適応する。賢くない人は、そのあたりのことを理解しないまま自分の方向性を押し通そうとする」

 ここでの「一流」にあたるのはエディー・ジョーンズ。

 指導者として参加したワールドカップでの通算戦績を4大会14勝1分3敗(※)とした傑物は2010年度から2季、サントリーを指揮。3つのタイトルを得ている。そのチームに田中は、選手、スタッフとして携わっている。

 スローガンは「アグレッシブ・アタッキング・ラグビー」だった。通称「エディーさん」は「私がいなくなってからも続くスタイル」だと強調。常にシェイプと呼ばれる複層的な攻撃陣形を敷き、自陣からボールを保って攻めるよう訴えた。

 複数のスタッフによると、ジョーンズはそのスタイルを定めるに際してサントリーの「やってみなはれ」という社是にぴったりである旨を強調していたという。

 サントリーは結局、2012年春以降も概ね「アグレッシブ・アタッキング・ラグビー」という看板と向き合った。

 球の動かし方、人員の配置こそ時代によって変えているが、2016年から国内トップリーグ2連覇の沢木敬介監督(現キヤノン)も常に「僕らのカルチャーはチャレンジすること」「スペースにアタックする」と謳い、その通りにしてきた。田中の見立てによると、同トップリーグで16チーム中9位と低迷した2015年度までの2シーズンは、この哲学がやや隅に置かれそうになった。

 ボーデン・バレットの加入で沸く2021年度は、オフロードパス、クロスキックによる繋ぎも多用される。これらはジョーンズ時代には禁じ手に近かったが、入部4年目の田村煕はこう話す。

「どこからでも攻めるというのは、サントリーのアタックのイメージと合っているところではある」

 ジョーンズは、2012年春からは日本代表のヘッドコーチとなるやサントリー時代とほぼ同種のプレースタイルを「JAPAN WAY」として打ち出す。挑戦的な企業のクラブでベターとされた戦い方を、日本のラグビー選手のよさ(猛練習への耐性、細やかな技術、瞬発力)を引き出す最善手として用いた。

 神戸製鋼でも、10季ぶりにトップリーグを制した2018年度から元ニュージーランド代表アシスタントコーチのウェイン・スミス総監督が工場見学や社員のスピーチ機会を何度も創出。レクリエーションの組分けなどのために部内で置かれる「ミニチーム」の名称は、親会社の製鉄所や製造所の所在地にちなんで「神戸」「加古川」「真岡」「大安」とした。

 特にスミスが興味を持ったのは、阪神大震災から約2か月半で再稼働した製鉄の心臓部「第3高炉」だった。2020年度からジャージィには「第3高炉」のデザインがあしらわれ、練習場まで「第3高炉」と呼ばれるようになった。ニュージーランド流のポッドシステムに沿った連続攻撃は、クラブの大義を表すツールだったからこそ首尾よく機能した。

 組織の長になって成功するには、自分のやりたいことやできることを、その組織にもとからあった文化やよさとリンクさせる作業が必要なのだろう。ちなみに現日本代表のジェイミー・ジョセフヘッドコーチは、その領域を腹心の協力によってクリアした模様だ。

 ワールドカップ日本大会で8強入りするより1年以上前に、外資系企業の日本人支社長の重役と対面。文化の異なる国で人を束ねた経験談を聞いた。この対面は、ジョセフと親交が深く後に強化委員長となる藤井雄一郎の紹介で実現した。

 折しもジョセフと選手たちは、きょうだいチームのサンウルブズでの活動により双方の胸の内を共有していた。藤井は『ONE TEAMはなぜ生まれたのか 世界と戦う力』(PHP新書)で、こう著している。

『(略)ジェイミーに、私はかねてお世話になっていたアメリカの有名企業の日本人支社長を紹介した。私はあらかじめその方に「アメリカの文化とアメリカ人の従業員を尊重しながら組織を運営してきた話をジェイミーに聞かせてほしい」とお願いし、3人で落ち合って間もなく「先に帰るわ」と2人を残した。

 結果的にジェイミーは、実りのある話が聞けたようだ。

 日本人の上司が外国人の部下を持って苦労することのひとつに、「多くの日本人にとっての常識が通じない」ことがあるという。ジェイミーに会っていただいたその方も、時間を守る、出された指示をそのまま遂行するといった日本人の部下に期待していたことがアメリカ人の部下相手にはなかなか期待できなかったという。状況を改善すべくおこなったことは相手の意見を聞き、自分の要望をより丹念に伝えるなどのコミュニケーションで、ジェイミーがサンウルブズでおこなってきたことにやや似ていた』

 ラグビーの現場を取材すると、大切なことはすべてグラウンドで学べるような錯覚に陥りがちだ。「一流」の条件や「成功」の秘訣のような、書店の自己啓発コーナーを飾る単語について、より本質的な内容を学べてしまう。いや、学べた気になってしまう。

 ただし、ここで注意すべきは、取材で知る方法論の多くが「ほとんどの人にとって再現が困難かもしれない」ものであるという事実だ。

 例えば、ジョーンズのように毎朝4時頃に起きて日が暮れるまで部下を叱咤できる人間はどれほどいるか。神戸製鋼でも、レギュラーを張るトンガ出身選手が切れのある身体を維持する裏にはスミスら首脳陣の継続的かつ緩やかな「プレッシャー」がある。同じ人に同じことを長い間やらせ切ることの難しさは、少しでも他人と何かをしたことがあればよくわかるだろう。

 ジョセフが結果を出したのも、価値観を共有できるコーチやリーダー陣たちとの嘘のない対話があったからだ。日本大会後の流大の談話は、少なくないファンの間で共有された。

「お互いがお互いの意見を受け入れることは必要。衝突というか…というものは何回もありましたし、それを徐々に重ねて、最後は皆がジェイミーとスタッフを信頼していました。うまくやろうとは思っていなかったですけど、お互いを理解し合いながらやっていた」

 もしも関係構築のさなかにどちらかが匙を投げていたら、あの熱狂はなかった。

 果たして、自分がジョーンズ、スミス、ジョセフのように頑張れるのか。「一流」および「成功」に関する言説を扱うにあたり、この自問自答は避けられまい。

 ちなみに今回の談話を残してくれた田中もまた、2017年度に明大のヘッドコーチとなってからグラウンドに倒れた時間を短縮化させるなどの凡事徹底を強調。「10あるうち10教えるのではなく、3は自分で気づいてほしい」としながら、「なぜ優勝争いをしているか(ここまで4季連続で4強以上、うち1回優勝)。トレーニングだけ(が理由)じゃない」とグラウンド外の規律にも目を配った。

 2021年度主将の飯沼蓮は、2年時の11月に『ラグビーマガジン』の撮影を終えると現場のグラウンドに落ちていたビニール袋をさっ、と、拾ったもの。尊敬する田中監督がそのようにしているからだと話していた。

 巷に出回る「法則」に血を通わせる人たちが、そこにいる。

※エディー・ジョーンズ氏の戦績を訂正しました(4/9)。

2019年、世界8強を決めたスコットランド戦のあと。ジェイミー・ジョセフHCのもと、控え選手たちの表情も輝く(撮影:早浪章弘)
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