紺のスーツを大胸筋で隆起させ、運転席に座っていた。
小澤直輝はちょうど、東京は府中市内でラグビー部の練習を終えたばかりだった。まもなく社業で都心部へ出る。
「首都圏の酒屋さんを担当しています。酒屋さんが卸している飲食店さんも担当になります。担当を持って責任を持たせてもらえているのは、ありがたいです」
国内トップリーグで開幕5連勝中のサントリーにあって、いま、32歳の社員選手が躍動している。
各クラブが大型の外国人選手を揃えるバックローことFW第3列に入り、身長182センチ、体重102キロの身体を接点へ低く差し込む。自ら球を持てば前に出て、相手の球に絡めば向こうのテンポを鈍らせる。
「その試合での役割をある程度、理解して、チームに何で貢献できるかを、試合ごとに多少は考えていて。例えばボールキャリーで(突破役として)頑張らなきゃいけない試合もあれば、ブレイクダウン(接点での攻防)で頑張らなきゃいけない試合もある。そういう、自分の役割どころが明確になっているのかなと」
同僚でSHの流大は、4歳上の小澤について「フーパーとそん色ないプレーを余裕で、しています」。ワールドカップ日本大会で8強入りした日本代表でもあるクラブの前主将は、トヨタ自動車の擁するオーストラリア代表主将のマイケル・フーパーを引き合いに出し、こううなずく。小澤とフーパーは体格と持ち味が似る。
流はこうも補足した。
「(サントリーの)日本人のバックローは本当にレベルが高い。西川(征克)さん、桶谷(宗汰)もけがから復活して練習でも調子いい。飯野(晃司)もいます。そしてルーキーも入ってきて…。皆、いい選手なのですが、試合に出た小澤さんが必ず結果を残す。それで、定着している」
優勝5回の強豪における定位置争いへ、小澤自身も「週の途中でゲームメンバーとノンゲームメンバーが決まり、ノンゲームメンバーが次の相手を想定してプレー。普通にゲームメンバーがトライを取られたり、アタックで全くゲイン(突破)できなかったりもする」。継続的な活躍が求められるなか、劇的なシーンを演出する。
3月27日、愛知・パロマ瑞穂ラグビー場。話題のフーパーのいるトヨタ自動車戦に、後半20分から登場する。36-36と同点で迎えた後半ロスタイム。敵陣10メートル線付近で防御ラインに入る。
「トヨタ自動車さんがボールを持っているシチュエーション。得点するにはどうしてもボールを取り返さなければいけないという考えは頭にありました」
どちらも反則を犯しづらい状況に映るが、小澤は「敵陣。こちらがペナルティをしても、向こうは(決まれば3点の)ショットという選択はしてこないだろう」と構える。落ち着いている。
むしろ、相手の接点の位置がグラウンドの端側からやや中央へ移ってきたことで、ひとつのシナリオを思い浮かべた。
首尾よくジャッカルを決めて相手の反則を誘えれば、自軍のSOでニュージーランド代表のボーデン・バレットがペナルティゴールを決めてくれる――。
「取り返せば、ショットがある」
迫力満点のジャッカルは、繊細なプレーでもある。その時々の接点での状況によっては、試みた側が反則を取られる。
ただし小澤は、ジャッカルを繰り出す際の一定の判断基準を設けていた。レフリーのコールに耳を傾け、絡めば笛が吹かれそうだと見ればこらえる。手を出すのは、ペナライズされずにボールを奪えそうだと感じた瞬間のみに限る。
トヨタ自動車戦の試合終了のホーンが鳴る直前が、まさにその時だった。
緑の群れへ黄色の20番が飛び込み、白い球に絡む。膝は地面につけておらず、立った状態でプレーすべきという競技の理念を貫いていた。
「自信を持って、(ボールを)獲りに行きました」
サントリーはペナルティキックを獲得し、バレットの決勝ペナルティゴールで39-36と全勝対決を制した。小澤はここでも、「役割」を強調したのだった。
「今回の試合に限れば(サントリーのバックローでは他に)テビタ・タタフ、ショーン・マクマーン、ツイ ヘンドリックがいて、皆、ボールキャリーが強い。彼らが彼らの役割をやってくれる。逆に僕は、相手にもいいボールハンターがいることもあってブレイクダウンに集中していました」
昨季は5月までのリーグが3月に不成立となった。「ラグビーをしていないと体重が落ちてしまう」という小澤は、長い自粛生活で6キロ減。ただし今季の開幕に向け、段階的に復調できた。できることは限られたかもしれないが、そのできることはやり切った。
2017年に初選出された日本代表への復帰には「そこまで深くは考えていないです。結局、チームでいいパフォーマンスをすることがそういうもの(選考)にはつながる」と達観した様子。明大前主将の箸本龍雅ら、今年4月から出られる新人との競争へはこう構える。
「自分のチームメイトとも、世界的に有名な対戦相手のバックローとも、一緒にプレーできるのが楽しみ。その気持ちが最近、強くて。だって、社会人だけじゃないですか。世代の離れた選手と一緒にプレーすることって。若く素晴らしい選手と一緒にラグビーができることは、僕のモチベーションになります。試合に出る、出ないは結果。そこまでの過程では、彼らの僕に持っていないものを見て成長できる」
4月3日の東京・秩父宮ラグビー場での第6節は、2試合連続での全勝対決となる。対するクボタは身長205センチのルアン・ボタら、大型FWを誇る。
サントリーの7番で先発の小澤は、メンバー発表前にあった今度の取材時に意気込む。
「相手のFWは非常に大きくてパワフル。そこの勝負になると思っています。うちのアタックのベースとなる、精度の高いブレイクダウンを作る。(相手防御は)前に出てくると思うので、そこから逃げずにアタックする。ディフェンスでは、勢いに乗ったら強い相手をどれだけ身体を張って止められるか(が鍵)」
大きさでは測れぬ強さで、ゲインラインの取り合いを制したい。「では、行ってきます」とエンジンをかけた。
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