ラグビーリパブリック

【コラム】シズオカの本気。

2021.03.24

富士山が見える芝生広場2はエコパスタジアムから約1.7㌔離れている(撮影:小山真司)

 エコパの愛称で親しまれる、静岡県の小笠山総合運動公園は広い。
 エコパスタジアムはワールドカップで日本代表がアイルランドを破った会場だから馴染みも深いだろう。

 そんなエコパスタジアムに行くのは慣れた地元のタクシードライバーでも、例の場所は「どこですか?」と困惑した表情を浮かべる。
 掛川駅から10分ほどで着いた場所は、土と芝のグラウンドがいくつも並ぶ広大な広場。
 そこにぽつんぽつんとHポールが立っていた。

 晴れていれば富士山が綺麗に見えるこの場所を、エコパスタジアムとともにラグビーの聖地にしたい。W杯で日本代表の快進撃に魅せられた静岡県は、異常なまでのラグビー熱を持ってこの一大プロジェクトを進めている。

 3月20日、エコパの”多目的運動広場”で「~エコパ5面化~ラグビーゴール完成記念式典」が開催された。川勝平太静岡県知事や清宮克幸日本協会副会長ら15名が出席。ヤマハ発動機ジュビロのSOサム・グリーンによる記念キックも行われた。
 これまでエコパのラグビーグラウンドはエコパスタジアムと補助陸上競技場の2面だったが、今回新たに多目的運動広場、芝生広場1と芝生広場2の3面にHポールを設置。同じ公園内で5か所同時にラグビーができる、全国トップクラスのラグビー環境が整備された。

 この取り組みは、静岡県がW杯を契機に始めた「ラグビー聖地化構想」の施策の一つ。昨年の6月に静岡聖光学院校長の星野明宏氏を座長に据えた「ラグビー聖地化検討委員会」が始まった。3か月後の9月末には、エコパスタジアムの入り口広場に、アイルランド戦での福岡堅樹の逆転トライシーンをモチーフにした立派な像が立った。

多目的運動広場で行われたラグビーゴール完成記念式典。中央がSOサム・グリーン(撮影:BBM)

 そして今回のHポールの設置は、静岡県が単なるブームで動いているわけではないことを証明した。
 星野座長はスタジアムをテストマッチなどの誘致や新設する大会で活用し、多目的運動広場などの3面を合宿や日常的に使用できる身近な場所にしようと考えている。後者は合宿誘致のためにクラブハウスやウエート場などの新設も視野に入れる。
 前者の方はすでに動きが進んでおり、5月の「太陽生命ウィメンズセブンズシリーズ2021」第2戦はエコパスタジアムでの初開催が決まり、6月には日本代表の強化試合の開催が発表された。

 式典とともに「エコパ ラグビーフェスティバル」として3面で展開されたさまざまなイベントでも、彼らは着々と聖地への歩みを進めていることが分かった。

 式典のあとにはアイルランド大使を招いた新設の女子セブンズ大会、「鈴与・セントパトリックグリーンカップ」が行われた。
 セント・パトリックス・デー(3月17日)はアイルランドの祝祭日で、緑色のアイテムを身につけるなど世界中で催し物が開かれる。今大会はそれにちなんだ名称で、地元チームのアザレア・セブンは緑のジャージーにオレンジの靴下で出場した。
 大会にはアザレアのほか、神戸ファストジャイロ、国際武道大ラグビー部女子、日本経済大学女子ラグビー部が参加。
 清宮氏は「アイルランドとの友情の証になる。この大会がいずれ7人制の象徴のような大会でありたい」と語った。静岡は競技の入り口を広げるため、チームを作りやすい7人制を主眼に置く「セブンズの静岡」構想を練っている。

 芝生広場の2面でもラグビースクールの体験会やアザレアのチームディレクターである小野澤宏時氏考案の静岡式フットボール(ゲーリックフットボールに似たもの)交流会などが開かれた。静岡式フットボールは空間認知能力やコミュニケーションスキルが身につけられるため、教育の現場での活用が期待される。ラグビーをより身近に感じることもできる。

大会にちなんで緑のジャージー、オレンジの靴下を着用したアザレア・セブン(撮影:BBM)
この日のトレセンでは、U15はオフロードパスを練習した(撮影:BBM)

 ほかにも芝生広場1では、昨年11月に始まった静岡県ラグビートレセンが開かれた。これはU13から19までの各カテゴリーにヘッドコーチがつき、静岡のラグビー選手を一貫指導体制で育てる取り組み。中学1年生のU13と高校1年生のU16でそれぞれU15、U19とは分かれて指導するのが特徴的だ。U16のヘッドコーチであるヤマハ発動機ジュビロの古川新一普及担当リーダーはその狙いをこう説明する。
「中1や高1は入学してから夏まで試合がなかったり、練習も上級生と一緒にできなかったりする。それだともったいない。スムーズに移行できるように段階的に指導していく必要がある」
 発案者である静岡県強化ダイレクターの里大輔氏も「静岡のラグビーはまだまだ弱いが、5年、10年と大きなビジョンのもとで指導ができている」とその効果を実感している。

 トレセンの後には一般社団法人「スポーツを止めるな」の協力を得て、試合機会(東海選抜大会)の失われた高校生を救おうと東海高校交流戦が行われた。参加したのは東海大静岡翔洋、静岡聖光学院、名古屋、四日市工の4校。20分ハーフで行われたが、試合映像が配信されるなど緊張感のある試合となった。トーナメントを制したのは名古屋。立石洋一部長は「やっぱり試合は楽しいですね。多くの方々に支えられて試合ができているとしみじみ感じています」と感謝した。

 今後も静岡県のラグビー聖地化は加速していく予定だ。具体的なプランも数え切れないほどある。
 4月に立ち上げ予定の静岡県ラグビー協会の法人化は県、県ラグビー協会、ヤマハ発動機、アザレア・セブンが「四位一体」となって作っていく。
 アイルランド戦が行われた9月には大規模なラグビーイベントを開催するプランもある。

 ラグビーを「する」、「見る」、「支える」。
 全ての観点から、細部まで考えを巡らせている。
 それを実行に移すスピード感もある。

 シズオカは本気だ。

多目的運動広場には天然のスタンド(傾斜)がある(撮影:小山真司)