君は市川敬太を知っているか?
天理を初の大学日本一に導いた立役者。選手権決勝の早稲田戦(55—28)で、チーム最多の4トライを挙げる。
捕球のタイミングと速さが光るCTB。その出身高校は日新である。
「ありえない活躍をしてくれました。後輩たちのいい励みになります」
日焼けした顔をほころばせるのは坪内貴司。ラグビー部の監督である。市川は4月から中部電力に勤める。
日新は、「ラグビーのまち」をうたう東大阪で、唯一の市立高校である。キャッチフレーズに合わせ、市の肝いりでラグビー部ができたのは2005年。今年で17年目に入る。ジャージーは肩に青が入るオレンジ色だ。
高校生の聖地、花園ラグビー場を持つ市にとって、日新の強化は市政の一環だ。
昨年、同じ花園を本拠地とする近鉄ライナーズにコーチングを依頼した。
8月から6回、コーチの佐藤幹夫や太田春樹が高校生たちを教えた。
「教え方がめちゃめちゃ上手。ウチの部員たちは毎回1時間ほどでよくなりました」
坪内は謝辞を口にする。
昨年9月から始まった100回記念の全国大会大阪府予選は8強で敗退した。早稲田摂陵には19−17としたが、摂津に5−5。抽選で次戦に進めなかった。日新は府予選の決勝進出、花園出場ともにない。
市の力の入れ方は大きくなる。今年は新年度から通年で50〜60回の指導依頼を考えている。その費用は市側が持つ。社会人のトップチームが1年に渡って高校チームを教えるのは初めてのことになる。
「ライナーズに教わることは、すべてためになります」
新主将の平松麟太郎は4月が待ち遠しい172センチ、70キロのFBである。
ライナーズの吉村太一は話す。
「新しい取り組みになりますが、地元の高校生たちが強くなることは、本拠地を同じくする我々にとってもよろこばしいことです」
運営に責任を持つひとり、チームディレクターは歓迎の意向を示した。
ライナーズとの「提携」は部員難に泣くチームにとっても大きなプラスである。
8強敗退後、3年生の引退に合わせるように下級生も退部する。22人の選手は9人(新3年=6、新2年=3)に減ってしまった。
単独では試合ができないため、東大阪大柏原と合同を組む。71回目となる新人戦(兼近畿大会予選)は4強戦で大阪朝高に0−20で破れた。それまで、合同の2チームには大差勝ちと不戦勝をおさめている。
現在の情報では、経験者など6人以上の新入生の入部はかたい。ただ、府の規定は次の春季大会(府総体)において新1年生の起用を安全面から認めていない。単独に戻るのは、早くとも9月の全国大会予選からになる。
入学の時期を控え、平松は張り切る。
「たくさんの1年生に入ってもらえるように、雰囲気のいい練習をします。明るく、笑顔で迎えたいと思っています」
ライナーズの指導を前面に出したい。
ラグビー部の創部は比較的新しいが、日新の創立は古い。1921年(大正10)。100年を超える。その中で私立から公立に移管。現在は男女共学の全日制。3学科制で普通、商業、英語で構成されている。
校名の由来は紀元前17世紀の古代中国の王朝、殷(いん)で活躍した湯王の銘文、「まことに日に新たに、日日新たなり」から取る。成長をうながす思いが込められている。
校庭はフルサイズグラウンドの大きさ。土ではあるが、サッカーと使える。陸上はその周囲を走る。この3月まで定時制があったため、照明も完備。戦前に5回、甲子園出場した野球部は市内の水走(みずはい)に専用球場を持っている。
体育館の横には25メートルのプールくらいの大きさで人工芝が敷かれている。
「ここでブレイクダウンの練習ができます」
坪内は説明する。ウエイトルームもあり、施設はそれなりにそろっている。
坪内は初代監督であり、保健・体育教員でもある。今年50歳。大阪の香里丘(こうりがおか)から大阪体育大に進んだ。現役時代はCTB。大阪桐蔭や啓光学園(現・常翔啓光)などラグビー強豪校で講師を経験後、市内の花園中で7年間指導した。
コーチとしては市職員である奥井幸史がいる。市のワールドカップ推進室につとめ、2019年の大会閉幕後は、日新に事務職員として移った。高校、大学ともに天理。現役時代はFLだった。
トップリーガーも輩出している。クボタの白井竜馬(天理大卒、WTB/FB)がそうだ。
学校は642メートルの生駒山の中腹にある。眼下には大阪の街が一望できる。左には近鉄が所有する「あべのハルカス」がひと際、高い。国内一の300メートルを誇る。
いつの日か、あのビルのように高校ラグビー界にそびえたい。
同じ府内には常翔学園や東海大大阪仰星や大阪桐蔭がある。全国大会優勝チームとは、今はかなり差がついてしまっている。ただ、追いつくための予兆は、ライナーズの教えや施設などを含め、少なからずある。