ラグビーリパブリック

「不撓不屈」の精神でパラリンピックに挑む。〜18歳車いすラガーマンの決意〜

2021.03.05

2019 年ラグビーW 杯イヤーに東京で開催された「車いすラグビーワールドチャレンジ 2019」。 橋本はブラジル戦でチーム最多得点を挙げた。(撮影/張 理恵、以下同)

 この春、ひとりの高校生車いすラガーマンが卒業を迎えた。
 車いすラグビー日本代表候補最年少、橋本勝也。
「東京パラリンピック延期」から始まった高校最後の一年。コロナ禍で橋本は何を思い、どう過ごしたのか——。
 車いすラグビーとともに歩んだ青春の日々を振り返る。

「東京オリンピック・パラリンピック延期というニュースを見た時は、頭が真っ白になりました」
 2020年3月、日本中を駆け巡った東京2020大会1年延期の報道。
 パラリンピックを5か月後に控え「すごく調子が上がっていた」その時、車いすをこぐ手が止まった。
「高校3年生でちょうど東京パラリンピックを迎えるということで、友達に活躍している姿を見せたかったんです。その思いが途絶えてしまってすごく悔しかったです…」

 橋本は先天性の四肢欠損で、幼い頃から車いすで育った。
 中学2年生のときに車いすラグビーに出会うと、車いす同士がぶつかり合う激しいタックルに心を奪われた。そして、福島県立田村高等学校入学と同時に日本代表強化合宿に初招集。2か月後にはカナダで開催された国際大会に出場し、さらにその2か月後の2018年8月には世界選手権の日本代表メンバーに選出され、世界ランキング1位のオーストラリアを破り史上初の世界チャンピオンに輝いた。
 この世界選手権で橋本は、世界No.1プレーヤーとも称されるライリー・バット(豪)と初めてコート上でマッチアップ。体格、パワー、車いす操作…すべてにおいて「追いつくという文字も見えない」ほどの“世界”を肌で感じた。

 前回のリオパラリンピックで銅メダルを獲得した日本は、東京パラリンピックでの金メダル獲得を目標に掲げ、最後のギアをグッと上げていた。しかし、新型コロナの世界的なパンデミックにより状況は一変した。
 車いすラグビー日本代表は2020年2月の合宿を最後に7月までの5か月間、活動休止を余儀なくされ、橋本は地元・福島県でひとり、練習を続けた。一人でのトレーニングはメニューが限られ、体育館も使えず自宅にいる毎日にストレスも溜まっていった。同世代が出場するスポーツ大会が相次いで中止となり、インターハイを目指していたクラスメートを見ると、悲しく「どうしようもできない虚しさ」を感じた。

 日本代表や所属クラブチーム「TOHOKU STORMERS」のオンラインミーティングで仲間たちとコミュニケーションをとることで、なんとかモチベーションを保っていたという。
 自分と向き合い気持ちを整理するなかで、パラリンピックの1年延期について「成長するための期間として捉えられるようになった」と心にも変化が現れた。

所属する「TOHOKU STORMERS」では唯一のハイポインターターとしてチームを牽引する
(2019年12月撮影) 

 車いすラグビーには「持ち点」という特有のルールがあり、プレーヤーは障がいの程度や体幹等の機能により0.5から3.5まで0.5刻みで7つのクラスに分けられる。また、コート上の4人の合計は8.0以内と定められている。
 橋本は障がいが2番目に軽い、クラス3.0の「ハイポインター」と呼ばれるプレーヤー。スピード、パワー、パス、タックル…等、攻守にわたってラインナップの軸となるプレーが求められる。

 日本には代表キャプテンを務める池透暢や池崎大輔、島川慎一といった世界トップクラスのベテランハイポインター陣が揃うが、彼らの背中を追いかけるなかで橋本の心に火がついた。
「世界選手権の優勝を経験してからは僕が日本代表を引っ張っていきたいと思うようになりました。国際大会を経験していくなかで、一年一年、日本代表を背負っていきたいという気持ちが強くなっています」

 ベーシックであると同時に、最も重要なスキルとされるのが「チェアワーク」と呼ばれる車いす操作技術。選手にとって体の一部である競技用車いす(通称・ラグ車)の動きは、言わばフットワークや、時にはハンドワークにも相当する。
 橋本は先月の代表合宿で「クイッキーな動き」に可能性を見出し、自分の新たな“武器”として磨いていきたいと目を輝かせる。
 左右に移動ができない車いすにおいては、瞬時の方向転換等あらゆる場面で素早い動きが必要となる。
「僕は脚がない分、他の選手に比べると細かい動きができるんです」
 障がいという唯一無二の個性を最大限に生かす。

 3年間の高校生活を一言で表すと「楽」。
 ラグ車は、内向的でネガティブな自分を変え、新たな景色を見せてくれた。
 車いすラグビーと出会ったことで、人としても成長したと胸を張る。
「車いすラグビーを通していろいろな経験をして視野が広がりました。海外遠征では、世界にこういう障がいの方もいるんだと知ることができましたし、日本と海外で障がい者スポーツに対する考え方の違いも感じることができました。
 友達からも『がんばって!』と応援してもらって、スポーツをやっていなければこういう経験はできなかったと思います。もっともっと上達して、もっともっと活躍して、応援してくれている友達に恩返しをしていきたいです」

 4月からは社会人として新たな生活がスタートする。
 そんな橋本が、今年掲げる目標は「不撓不屈」。
「試合中に一つのミスを引きずって、チームに悪影響を及ぼしてしまう」というメンタル面での課題を克服する決意だ。

 東京パラリンピック開幕まであと5か月。
 全力でボールを追いかける日々は続く。
「パラリンピックでは期待を裏切らないようなプレーをして、金メダルを獲るためのキープレーヤーとしてコートに立っていたいです。そのためにはまだまだ磨きをかけなければいけない部分がたくさんあるので、一つひとつの練習を無駄にせず、悔いのないように練習を積み上げていきたいと思います!」

 若き日本のエース、橋本勝也。
「がんばって!」の言葉を糧に、東京の大舞台でキラキラと輝きを放つ。

日本代表強化合宿で唯一無二の武器を磨いていく(2020年1月撮影) 
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