トップリーグ開幕1週間前。この人はひと足先に、笑顔でスタートを切った。
「試合中、選手で出ているときより笑っていたと思います」
トヨタ自動車ヴェルブリッツのSH、滑川剛人(なめかわ・たけひと)が2月13日に広島でおこなわれたマツダ×コカ・コーラでレフリーを務めた。
トップチャレンジリーグのレベルでホイッスルを吹いたのは初めてだった。
トップリーガーの新たなセカンドキャリアの提案のひとつである日本ラグビー協会審判部門のTID(Talent Identification and Development)プログラムは、インターナショナルレフリーのタレント発掘をおこない、育成するものだ。
世界に出ていくトップレフリーを育てることを目的としている。
所属チームの活動に影響のない範囲で、日本協会レフリーコーチのコーチングを受けながら、レフリー資格取得やレフリング技術の習得、各種大会でのレフリー経験を積む。滑川は、そのプログラムに昨シーズンから加わっている。
現在は関西協会B級レフリー。TIDプログラムにより、進化のスピードを上げるための機会が積極的に与えられている。
2020年度シーズンは、関西大学リーグの交流戦、同大×近大や、全国大学選手権2回戦の福岡工大×朝日大などでレフリーを務めた。
トヨタ自動車でプレーヤー生活を続けながら、レフリーとしてのトレーニングも積む。「選手9割で、練習中、他のSHが9番に入っている時に自分がレフリーをやるなど、いろんな工夫をしています」という。
初めてのトップチャレンジレベルのレフリーを終え、「スピード感があって楽しかった」と振り返る。帝京大時代の先輩、後輩もプレーヤーの中にいたが、「みんな、レフリーとして接してくれました」と笑う。
経験不足を自覚しつつ、自身の強みも分かっている。
「現役選手なので、フィットネスの部分やブレイクダウンの判断には自信を持っています」
この日も強みを出した。高いフィットネスとともに、プレーを予測できることも正確なレフリングを呼ぶ。
「例えば、プレーヤー目線でスペースが見える。選手たちはそこを攻めるので、こちらも反応できるし、邪魔にならないところに立てる。SHの視線や体の使い方で2歩先の展開が分かることもあります」
実際、グラウンディングの確認が難しそうなトライシーンも何度かあったが、「すべて自分の目で(ボールが地面につくのを)見ました」。明らかな妨害プレーにイエローカードも出した。
それでも「ラグビーはグレーゾーンが多いので、選手とレフリーで一緒に試合を作るのが大事」と考える。だから、試合前のブリーフィングでは選手たちに「キャプテンでなくてもいいので、(試合中も)話しかけてくださいね」と伝える。
「特にスクラムの中で起きていることは分からないので、トヨタでも練習のときにフロントローにいろいろと教えてもらっています」
試合後、マツダのFB 﨑口銀二朗主将から「分かりやすく、コミュニケーションをとってもらい、すごくプレーしやすかった」の言葉が出たのも、コミュニケーションを積極的に取った結果だろう。
コカ・コーラのLO西村龍馬主将も「選手に近く、後半、話しに行ったときもしっかり意見を聞いてくれて、やりやすかった」と話した。
トップリーグが始まればチームの活動にコミットするため、この日は開幕前最後のレフリーだった。
今後はチームの試合がない週末に、自身のスケジュールと合うときにレフリー機会を得て、経験値を増やしていく予定となっている。
将来は世界に出たい。
現在の選手9割、レフリー1割の生活をいつまでも続けていては中途半端になる。そう遠くない未来には、レフリーとして生きる人生を歩み出そうと考えている。
31歳になり、そんなワールドカップの目指し方を頭に描く。