ラグビーという勝負に生きながら、諒介は人に譲れる若者だ。姓は河瀬である。
2つ前の大学選手権。水色のヤッケを着た早稲田はアップに出る。グラウンドへ通じる狭いドアを次々と走り抜ける。諒介は逆行を認める。「どうぞ」と道を開く。
「待ってもらうのには時間がかかります」
決戦直前。仲間たちの目は吊り上がる。当然。その中で2年生FBは周囲を見る余裕があった。そして、他者への配慮に造作がない。
この56回大会、早稲田は優勝する。11大会ぶり16回目と最多を更新。決勝で明治に45−35。諒介は全3試合に先発する。
その歓喜までの歩みで、土井崇司から湯浅大智につながる教育が道を譲る形で出る。
「高校時代に目配り、気配り、思いやりを言われました。まだまだできていませんが…」
出身は東海大仰星。高3の97回大会は頂点に立つ。決勝は大阪桐蔭を27—20とする。
諒介は高校と大学で日本一を経験した。この春、最後の学生生活を迎える。
「早いですね。気づいたらもう4年生です」
束の間のオフ。20日ほどを実家で過ごした。大阪の下町にある。
「マクドとミスドを見たら帰ってきたなあ、って思います」
最寄り駅、JR桃谷の風景。西には道を挟みハンバーガーとドーナツがある。
「マクドの方がお腹いっぱいなるから好きです。最近はあまり食べられないですけれど」
アスリートの食生活は縛りがきつい。
「家はいいですね。自分の部屋より、リビングのソファーの上が一番落ち着きます」
寝転んでテレビなんかを見る。ごはんは母・磨利子の手料理。好物は親子丼である。
「一番美味しいと思います」
至福のひと時である。
くつろいだ時を過ごし、2月6日、東京に戻る。翌7日、グラウンドと寮のある上井草で卒部式があった。
その席で監督交代の発表がある。相良南海夫から大田尾竜彦。51歳からひと回り下にバトンは渡される。大田尾はヤマハ発動機のコーチングコーディネーターだった。
「相良さんは選手たちの意見を聞いてくれて、チームの回りがよかったです」
入学から3年を見てもらった。1年から諒介をレギュラーに抜擢したのは相良である。
2018年、早明戦前のロッカーだった。
「諒介の早明戦にしろ」
相良は檄を飛ばす。
「なったんじゃあないですか。トライもできましたし」
白い歯がこぼれる。
開始6分、最初にインゴールに飛び込む。試合は31−27。前に新人で早明戦の15番を託されたのはキックポーズでおなじみの五郎丸歩(現ヤマハ発動機)。以来14年ぶり。諒介は日本代表キャップ57を誇る先輩に並ぶ。
諒介は五郎丸に負けず華もある。
183センチの背丈、マスクは俳優ばりに甘い。ただ、本人にその自覚はない。
「僕より格好いい人はいっぱいいます。例えば? 児玉とか」
明治の同期である児玉樹の名前を出した。諒介より9センチ高いCTBである。
そのプレーは速さで左右を抜く。スタイルは違うが、豪快さは遺伝する。父・泰治は「怪物」と呼ばれたNO8だった。片手でボールを鷲づかみ、ハンドオフで跳ね飛ばす。日本代表キャップは10を持つ。
「諒介はまだまだ伸びますよ。負けたロッカーで泣いていました」
相良は昨年12月6日の早明戦を振り返った。14−34と敗れる。
「勝ちたかった。でも、何もできませんでした。自分自身が不甲斐なくて…」
2年前の笑いは涙に変わる。悔しさは進化に不可欠。そのことを相良は知っている。
1月11日、57回目の大学選手権決勝は天理に28−55で敗れた。
「プレッシャーがきつかったです」
良化への動機づけがさらに加わる。1年からの選手権は4強、優勝、準優勝になった。
早稲田は『荒ぶる』を有する。この第二部歌は原則、日本一になった時にのみ歌える。
「歌いたいです」
厳密に言えば、この歌は優勝を果たした代、その4年生だけのものである。3年生以下は卒業後の結婚式や同期会で歌えない。
だからこそ、諒介は勝ちたい。
「チームに勢いをつけたり、救える選手になりたい。そのため、フィジカルの部分を鍛えていきます。当たり負けをしないように」
腰など、これまで痛めた部位は癒えた。目標は松島幸太朗(現ASMクレルモン)。タックルされても倒れない。
トップリーグからの求人は殺到する。東芝府中(現・東芝)で本格的な現役を終えた父の願いはただひとつ。
「プロではなく、社員として働いてほしい」
摂南大の総監督として、還暦越えの先達として、人生を渡り切る難しさを知る。
父は明治出身でもあった。進路は諒介の意志。永遠のライバルには感謝がある。
「よく育てていただいた。あれだけの選手になってくれたんやから」
諒介は昨年、日本代表の下に位置するジュニアジャパンに選ばれている。
諒介の就職への判断基準は明確だ。
「日本代表になりたいです。自分を成長させてくれるところを考えています」
もうひと伸びを納得したチームで得たい。
その位置に届くためにも、荒ぶるの熱唱は不可欠。諒介にとって最後の挑戦が始まる。