スクラムの組み直しは実に7回。レフリーはポイントを変えるのみ。反則を取らない。
大学トップの試合だった。ボールが出たのは5分後。規定のハーフ40分の8分の1が余計なことで空費される。
その時、真継丈友紀(まつぐ・ともゆき)の細身のシルエットが脳裏に浮かぶ。
うまいレフリーだなあ、と思った。
2019年12月21日、真継は大阪・花園にいた。56回目の大学選手権の8強戦。試合は早大が日大を57−14と大差で降す。
公式記録の大きな反則(PK)は前半、4ずつの計8。取材ノートにはスクラムに関するものは半数以上の5と残っている。
前半8分、真継はこの日2回目のスクラムで日大が劣勢から崩すコラプシングをとる。
しかし、19分には14−0とリードしていた早大に同じ反則を示す。
22分に日大、25分と32分には早大。赤黒は左PRの斜め組み、いわゆるアングルとコラプシングを連続して取られた。
スクラムは両チーム計16人が参加するためラグビーで一番判定が難しい。早大も日大も自信を持っていた。真継は目を凝らす。
「1回1回、組んでみないと分かりません」
先入観や得点差を交えない。逡巡もない。この試合、早くつっかけるアーリー・エンゲージなどの中程度の反則(FK)は0。あいまいさもない。
そのレフリングは鮮やかだった。
真継は38歳。1982年(昭和57)8月10日生まれだ。日本ラグビー協会が最高と認定するA級レフリーのひとりである。
選手としての現役時代はバックスだったため、スクラムは勉強した。
「シンさんと1対1を組んでもらいました」
長谷川慎。昔は番長、今ドクター。2019年のワールドカップで日本代表の初8強にスクラムで貢献する。現在はヤマハ発動機のハイパフォーマンスコーチである。
長谷川からメカニックを教えられた。
ヒジを絞って、下げたら落ちるんですよ。
「シンさん以外のトップリーグのスクラムコーチともしゃべり込みました」
リコーの岡崎匡秀、NTTコミュニケーションズの斉藤展士らの名前が挙がる。
真継はスクラムにおいての指針を持つ。
「丁寧にやらないといけません。その上で、テクニックではなく、力と力の押し合いで、優劣を判定してあげないといけません」
そのレフリングの信条は「共感」。
「誰が見ても、仕方ないね、それはダメやね、というのを反則としてとります。その上で、両チームの持っているものをできるだけ引き出そうとしています」
真継は小3から南京都ラグビースクールで競技を始める。洛北から同志社大に進み、3年時にレフリー専門になる。
「僕の力ではレギュラーになれない。首を痛めたこともあり、チーム貢献を考えました」
チームは4年時、41回大学選手権(2004年度)で4強進出。優勝する早大に17-45で敗れた。同期には日本代表になるCTBコンビ、仙波智裕(東芝、キャップ9)と平浩二(サントリー、同32)がいた。
大学で科目履修生として1年残る間、佛教大で小学校の教員免許を取る。
「子供を教えるのを面白いと感じましたし、レフリーを続けられる利点もありました」
市立の錦林を皮切りに、私立の立命館まで京都の5校で、計13年を過ごした。
ワールドカップの年、家族4人で北海道に移住する。妻は北見の出身だった。
「新しいチャレンジをしたいと思いました」
36の年だった。現在は札幌市のスポーツ局に籍を置く。小学校へのタグラグビーを中心に、道内唯一のトップレフリーとして楕円球の普及・発展にいそしむ。
「小学校の教員という立場からの出向の形です。協会と連携して、教育とラグビーのすり合わせをしています。タグラグビーの授業を文科省の学習指導要領に沿わすためですね」
北の大地は雪が降る。フィットネスを持続させるのはもっぱら室内のエアロバイクだ。
「1時間ほど乗ることもあります」
筋力を落とさないため、ウオーターバックも持ち上げる。
12月29、30日の2日間、大阪市内で合宿があった。真継を含めA級レフリーの中でも、トップリーグを担当できる「パネル」と呼ばれる19人が参加。年明けの1月16日に開幕するリーグ戦のための直前研修だった。
トップリーグを裁いたのは34試合。中堅クラスに当たる。
A1級に上がったのは2010年。現在はA級で統一されているが、当時はA級の下に属した。10月2日、初めてリーグ戦を担当。秩父宮でのサントリー×豊田自動織機だった。
試合はサントリーが92−8。勝者のGM兼ヘッドコーチだったエディー・ジョーンズは試合後の記者会見で話した。
「今日は若いレフリーだったが、出さなければいけない場面で、的確にカードを出した」
示したのはイエローが4枚。向けたのはすべて敗者の豊田自動織機。点差が開いても、だれることなく反則をとり続けた真継に、現イングランド代表監督は賛辞を送った。
「でも、今思えば、もう少しカードを減らせたのでは、と思います。試合を整理して、反則させないことも大切な仕事です」
厳密に取り締まるのではなく、その上にあるゲームコントロールを思う。
今の真継は英語で表現すれば「Mellow」。円熟したパフォーマンスを見せる機会は、すぐそこに迫っている。