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ラグビー王国より吉報届く。坂田好弘氏、ニュージーランドから勲章

2021.01.01

大体大ラグビー部の監督を36年間務めた坂田好弘氏。写真は2012年12月のラストゲーム時のもの(写真/BBM)

 2020年12月31日、日本ラグビー協会顧問(会長特別補佐)で元日本代表の坂田好弘氏が、ニュージーランド政府より、ニュージーランド・メリット勲章(New Zealand Order of Merit)を受章することが発表された。

 ニュージーランド・メリット勲章は、1996年5月30日にニュージーランド女王エリザベス2世により創設された、国王とニュージーランド国民に対し、すべての領域で賞賛に値する卓越した努力、能力と貢献を示した人物へ授与される勲章で、日本人の受章は坂田氏で6人目となる。

 今回の受章は、長年ラグビーを通したニュージーランドと日本との発展・交流に大きく貢献したことが評価されたもので、坂田氏は外国籍のため名誉受章者(Honorary Members)として授与されることになり、勲章の授与式は2021年春ごろの予定となっている。

◆大分・別府の西謙二さんも2009年にNZから勲章授与

 坂田氏は、「このたび、ニュージーランド政府より、『メリット勲章名誉受章者』に選ばれた報告を受け大変驚きました。私はメリット勲章についての知識がなく、この勲章について調べましたが、非常に名誉なものであり日本人の私が受章できることに、心からの喜びと誇りを感じました」とコメントを発表した。

 坂田氏は1942年生まれで、現在78歳。京都の洛北高校でラグビーを始め、同志社大学在籍時に日本代表に選出され、1967年から1973年にかけて16キャップを獲得した。近鉄でも活躍。大西鐵之祐監督率いる日本代表の一員として参加した1968年のニュージーランド遠征では、第8戦のオールブラックス・ジュニア(23歳以下ニュージーランド代表)戦で4トライを挙げて歴史的勝利に貢献、ラグビー王国の人々は「Flying Wing(空飛ぶウイング)」と称賛した。

 坂田氏はニュージーランドとの関わりをこう振り返る。

「私がNZラグビーに最初に出会ったのは、1964年12月、カンタベリー大学ラグビークラブが日本に遠征し対戦した時です。試合後のアフターマッチファンクションでの交流で、選手たちの純粋で素晴らしい人柄に触れ、このような人たちが住むNZに興味を抱きました」

「1966年には、カンタベリー大学ラグビークラブの招待で、日本の大学チームの一員としてNZへ遠征しました。その際、ホームステイをしながら試合を転戦しましたが、NZの人たちの親切で心温まるおもてなしを受け、ますますNZに対して興味を持つようになりました」

「その後、1968年には日本代表チームとしてNZに遠征し、1969年にはカンタベリー大学ラグビークラブで1シーズンプレーをしました。このことで、NZとのつながりを広げることができ、ラグビーを通じて多くの友人を得、益々関係が深まり、NZは私にとって第二の故郷と感じられる国となりました」

「Demi」の愛称で知られた坂田氏は世界的に高く評価され、2012年には日本人として初めて、国際ラグビーボードのIRB(現 ワールドラグビー)が定める「ラグビー殿堂」入りを果たしている。
 また、大阪体育大学ラグビー部監督、関西ラグビー協会会長、日本ラグビー協会副会長としてもラグビーの発展に尽力した。

 日本が誇るレジェンドは、今回の受章について改めてこう述べた。

「今回、NZ功労勲章名誉受章者に選ばれたことは、私にとって大変名誉なことであると同時に、日本ラグビーにとっても名誉なことで大変感謝しております。ただし、この栄誉はラグビーを通じてのものであり、私がラグビーに出会うことがなければこの受賞はなかったと思います。改めてラグビーとの出会いに感謝するとともに、私を支えてくれた全ての人たちに感謝いたします。世界が困難な状況ではありますが、引き続き、日本とNZ両国の友好関係の発展に尽力してまいります。本当にありがとうございました」

1968年、日本代表はオールブラックス・ジュニアに23-19と勝利。WTB坂田好弘は4トライを挙げた