白い光が落ちてきた。緑や赤の山々を覆う空色は群青と桃色のグラデーションに変わり、人工芝の底あたりから冷気が立ち込める。
「槍だ! 槍!」
天理大ラグビー部のFW陣が、奈良県内の本拠地グラウンドでスクラムを組み続ける。「槍」とは、スクラムを組む8人が束となり相手へ刺さるイメージを示す。
「固まる感じです。凝縮して…」
12月29日午後、練習を終えた谷口祐一郎が着替えとプロテイン摂取を済ませて語る。
年明けの2日には、東京の秩父宮ラグビー場で、大学選手権の準決勝に挑む。準優勝した一昨季以来、3季連続での4強入りだ。
今度戦う明大は昨年度の準優勝チームであり、その前年度に天理大を倒して日本一となった人気校でもある。何より、攻防の起点となるスクラムで強さを発揮する。
スクラムにこだわるのは天理大も同じだ。谷口祐は最前列の左PRとして、勝負を左右する陣取りゲームで優位に立ちたいという。「槍」の磨き方を語る。
「明大の強いところのひとつはスクラム。明大に中盤のスクラムでペナルティを取られると、(その後に与えるタッチキックで)自陣に入られる。そこで逆に俺らが押して、(反則を誘って)敵陣に入れるようにする。そのために必要なことは、ヒット(最初の衝突)。天理の文化として、ヒットは、絶対に(待ち受けずに)当たりに行って、乗る(体重をかける)。ヒットで僕らが姿勢を作り、後ろの重さを(相手に)伝えるイメージです」
堺ラグビースクール、東海大仰星中・高で楕円球を追った結果、高校日本代表に入った。天理大入学後も、20歳以下日本代表やジュニア・ジャパンに名を連ねる。身長180センチ、体重107キロと日本の左PRにあっては上背に恵まれ、何より運動量が豊富だった。何度もコンタクトシーンに顔を出し、ゲインラインに亀裂を入れる。
今季は、スーパーラグビーに挑むサンウルブズの練習生となった。海外の大型選手と身体をぶつけ合う日々。フィジカリティやオフロードパスの技術を、さらに磨かなくてはと痛感した。
かたや自慢の運動量には、自信をつけた。
「自分の身体が小さいほう。そういう厳しい世界に入れたのがいい経験でした。教えてもらったスキル(の練習)は、こっち(天理大)でもしてきました。通用したのは、運動量。フィールド(セットプレー以外の攻防)は自分の強み。そこでは、勝負できたかなと」
持ち場のスクラムを全うしながら、攻防の局面でも多く顔を出せる。現日本代表の稲垣啓太を想起させるスタイルの持ち主は、この夏、苦難を強いられた。
学生生活最後の菅平合宿を直前に控えた8月上旬、部内の新型コロナウイルス感染症クラスター発生を知った。その日の練習のために白川グラウンドへ出た矢先、普段は温厚な小松節夫監督から「いますぐ寮に戻れ。一歩も出るな」と指示を出された。
自粛期間中、PCR検査で陰性とわかった谷口は大阪の実家でトレーニングに励んだ。「どうなるかわからない、先が見えない」と漠たる不安を抱えていたが、身体を動かすのは止めなかった。
ナイーブな心を整理できたのは、活動再開後だ。10月の交流試合以降、実戦で課題を見つけ、潰すことで成長を実感した。迷いがなくなった。
11月の関西大学Aリーグを制覇し、12月19日に迎えた大学選手権の準々決勝では流経大に78-17と大勝(大阪・東大阪市花園ラグビー場)。以前うまくつながらなかったパスは徐々につながるようになり、いまではすぐに猛攻撃へのスイッチを入れられる。
「関西リーグが始まるまではあまり準備ができていなかったので、自分のなかでは焦りもありました。ただ、(時間が経てば)試合を通して成長できるのがわかった。一試合、一試合、ちゃんとレビューして、個人的なところ(連係)に加え、チームのアタック(戦術)も『もっとこうしよう』と話し合っていって…。最初に比べたら、(プレーの質は)だいぶ、変わりました」
今度ぶつかる明大は、23名をフル活用するベンチワークも強みにする。
19日に秩父宮であった準々決勝でも、途中出場した右PRの大賀宗志が強く押す。対戦した日大陣営も「大賀君が強かった…」と漏らした。
当日は、谷口ら先発陣が疲れのたまる終盤にも「槍」であり続けられるかも見どころになりそうだ。
明大の得意な空中戦のラインアウトでは、天理大も新たな手札も用意するか。谷口はかつて、このプレーを主戦場とするLOでプレーしていた。「ラインアウトは今年、1年間こだわってきたところ」と続ける。
「明大は自信をつけて試合に臨んでくると思う。こちらも相手にのまれず、アグレッシブにいく」
芝の外での特異な試練を乗り越えたいま、芝の上の課題ととことん向き合える。