ラグビーリパブリック

【コラム】未知の調和、楕円のしらべ。

2020.12.11

英国・ラグビー校が舞台となった小説『トム・ブラウンの学生生活』の挿絵。著者トマス・ヒューズは同校卒業後に協同組合に深く関わる(写真:Godefroy Durand, Public domain, ウィキメディア・コモンズ経由で)

 

 こんなところにもあった。

 村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』で有名になったピアノ曲集『巡礼の年』。その冒頭曲の楽譜には、ドイツ語でこう書かれている。Einer für Alle, Alle für Einen。英語にするとOne for All, All for One。それぞれの音が曲に命を吹き込み、曲がそれぞれの音を生かすように弾いてほしい。そんな願いを、作曲したフランツ・リストは込めたのだろうか。

◆協同組合の理念を経営に採り入れるニューポートのホーム、ロドニー・パレードは、周囲を無数の家々が取り囲む(写真)

 One for All, All for Oneはもともとラテン語の成句だったとされる。19世紀以降は、ラグビーの精神性を象徴する言葉としても使われるようになった。演奏の指示に使う例はさすがに珍しいが、今でもラグビー以外の様々な場面で用いられている。

 有名な例が協同組合のスローガンである。協同組合とは大学の生協や農協などに代表される事業形態。2016年にユネスコの無形文化遺産に登録されるなど、ここ数年、再評価が進む。大株主の発言力が大きい株式会社と違い、一人ひとりの出資者が資金の多寡に関わらず同じ1票を有して物事を決めるという特長がある。平等や連帯を掲げて地域のために事業を行うという協同組合の理念が、この言葉によく合致したのだろう。

 ラグビーとは他の点でも関わりがある。発祥の地、英ラグビー校の学校生活を記した小説『トム・ブラウンの学生生活』。著者のトマス・ヒューズは同校で楕円球を追い掛けた後、社会活動家となって協同組合を支援した。

 ラグビーは協同組合の理念を「象徴的に示すスポーツである」。そう指摘するのは、街の再生などを手掛ける山崎亮さんである。著書『コミュニティデザインの源流』の中で、学生時代のプレー経験も踏まえてこう記している。「スクラムを組むフォワード、小柄ですばしっこいハーフ、パスを回して走り回るバックスと、一五人がそれぞれ違う役割を果たすのだが、そこでは協業が求められる。(中略)一人の裕福な資本家が市場を牛耳るように、一人のスター選手の華々しい活躍によって試合に勝つということが起こりえないのがラグビーというスポーツだ。その意味では社会主義的なスポーツとだといえるのかもしれない」。

 映像による分析が普及するまで、ラグビーは個々の選手のプレーを数値で評価することが難しいスポーツだった。対照的に、バスケットボールや野球といった米国生まれの競技は個人を目立たせる方向でルールを整備してきた。比較すれば、ラグビーは確かに「社会主義的」であり、だからこそOne for All, All for Oneという言葉がぴったりとはまったのかもしれない。

 協同組合は英国などで、スポーツのプロクラブの運営形態としても採用されている。日本のプロクラブが採用する株式会社には、外部の資本を入れやすい、意思決定が早いなど利点も多い。ただ、転売目当ての投資家の買収によって、目先の利益に走る弊害も起き得る。クラブの本来の存在意義は、スポーツを通じてファンに喜びや感動を届け、地域や世の中の課題解決を後押しすることだろう。チケットを売り、スポンサーを集めることはあくまでそのための手段。協同組合は、プロクラブが過度な商業主義に陥らないための選択肢にもなり得る。

 ファンが協同組合型の組織をつくってクラブ運営に参画する仕組みもある。サポーターズトラストと呼ばれる団体だ。ラグビーではウェールズ2部リーグ所属のニューポートなどが採用する。年間10英ポンド(約1400円)を納めた人は会員としてトラストの意思決定に参画。集まったお金は、代表選手も輩出する老舗クラブの株の購入に充てる。昨年、英国では協同組合の形態を採るスポーツクラブとサポーターズトラストを併せて約42万人の会員が存在し、5000万英ポンド(約70億円)のお金が集まったという。

 どんなチームを目指すのか。スタジアムをもっと快適なものにするにはどうしたらいいか。地域のためにどんな活動をしていくべきか…。ファンが自分たちの声を直接届けられれば、クラブとのつながりもおのずと深くなっていくだろう。

 協同組合の形を採らなくとも、ファンの参加を促し、民主的な運営を目指すケースは他にもある。サッカーの名門、スペインのバルセロナは資金を出したファンがクラブの会長選などに投票できる。日本でもサッカーの本田圭佑が月会費を納めた人の合議でクラブを運営する「Edo All United」を立ち上げた。

 日本では1年後、トップリーグに代わる新リーグが設立される。当初はほぼ全チームが企業の運動部という形態を変えない見通しだ。しかし、親会社の業績悪化に伴う休廃部を避けたり、今後の発展性を高めたりするためには、このままでいいのかどうか。「いずれかの段階では各クラブが独立した法人になっていく必要があるだろう」と話す日本ラグビー協会の幹部もいる。

 その時、各チームはどのような体制を選ぶのか。プロ野球やJリーグ、Bリーグに倣い、通常の株式会社とするのか。それとも、ファンや地域の人とよりハーモニーを奏でられる形を模索するのか。折しも、環境破壊や社会格差などの問題から、既存の資本主義の限界が指摘される時代にもなっている。日本のラグビーが尊重してきたOne for All, All for Oneに合致する、新たなクラブ運営のあり方がつくれれば――。他競技と違う魅力になり得るだけでなく、世の中にも新しいメロディーを響かせられるかもしれない。

サポーターズ・トラストを採用するウェ―ルズはニューポートのホーム、ロドニー・パレード。周囲を家々が取り囲む(Photo:Getty Images)