ラグビーリパブリック

W杯戦士からも学んだ。中楠一期、慶大日本一へのシナリオを明確に示す。

2020.12.06

11月1日に明大を破った慶大。ランで仕掛けるSO中楠一期(撮影:松本かおり)


 中楠一期。

 名前の由来を聞かれれば、「一期一会からきているとは聞いていて、深い話はそんなに…されたことはあるかもしれないですけど、あまり覚えていなくて」。淡々と続ける。

「一回、一回とか、ひとつ、ひとつを大事に、というふうに、自分なりに解釈はしています」

 11月23日、東京・秩父宮ラグビー場。加盟する関東大学ラグビー対抗戦Aの早大戦に、慶大の背番号10をつけて登場した。この伝統の「早慶戦」には、ルーキーイヤーに続き2年連続で先発していた。

「一回、一回とか、ひとつ、ひとつを大事に」との意思は、慶大を勝たせる司令塔としての理念にも通じるようだ。キックの蹴り合いでは、敵陣22メートルエリアにスペースを見つけるや鋭く蹴り込む。

 他校にはあるスポーツ推薦制度がないチームを勝たせるには、個々の技能や身体能力に頼らぬ試合運びが求められる。そのために必要なのが、長く的確なキックというツールなのだろう。本人は言う。

「正直、アタックで得点が取れるチームであれば多少、強引にアタックしてしまってもいいと思うんですけど、(慶大は)長くボールを持っていてハッピーというチームではない。繊細にコントロールしなければいけないです。慶大の勝つストーリーを考えた時に、やはり完璧なディフェンスのディシプリンとゲーム運びが必要です。慶大はディフェンシブ。敵陣でディフェンスをしていた方が優位。敵陣に長い時間いることが結構、大事です」

 この日は11-22と敗れた。

 前半10分に3-0と先制も、直後の相手ボールキックオフからの陣地脱出時にエラー。長らく自陣に押し込まれる結果となり、前半21分までに3-5と逆転された。

 後半開始早々には、陣地の取り合いで優勢に立って同19分には11-15と追い込んだ。しかし早大は、次第に短く高い弾道のキックを多用し始める。慶大は球を持つのも難しくなるなか、後半26分にだめ押し点を取られた。

 中楠自身はキックのほか、鋭い仕掛けとパスでも魅した。それでも目指していた白星はつかめず、「チームとしても個人としても、試合運びでうまく行かなかったところやミスが起き、そこからの失点が敗戦につながった」と悔やんだ。

「前半、3点を取った後、もうちょっとシンプルにエリアを取っていけていれば…。そこでミスをしてしまって、ミスが重なって、トライされ、逆転という形になった。そこで流れを持っていかれたところがあった。シンプルにエリアを取って敵陣で戦えていればよかったかなと。ミスが複数、続いてしまうとなかなか難しい状況になるとは思う。自分たちの得意なプレーを選択することで、(ミスの連発は)防げると思います。長いキックの蹴り合いではまぁ、慶大に分があったと思うんですが、早大さんはキックの種類と質を途中で変えてきた。そこでうまく攻め込まれた印象があります。(相手が)賢かった」

 12月6日の帝京大戦(埼玉・熊谷ラグビー場)に向け、慶大のSOとしての務めを再確認した。

「慶大はしっかり規律を守って、完璧な自分たちのラグビーをしないと勝てないチーム。一試合、一試合、僕が頭を使ってコントロールしないといけない」

 身長174センチ、体重84キロ。母の典子さんの勧めで近所の田園ラグビースクールに入ったのは3歳の頃。國學院久我山中に入るまではスキー、バスケットボール、水泳も習うスポーツ少年だった。

 内部進学した國學院久我山高では、岩手県でプレーした父の実さんが候補に入った高校日本代表の正規メンバーとなった。穏やかに微笑む。

「僕、負けず嫌いなので、小学生くらいの頃から『父さんが入れるなら僕も入れるのかな』みたいな感じで(高校日本代表に)なりたかった。実際になれて、追い越せたのは嬉しかったな、とは思います」
 
 いまの司令塔としての哲学を磨いたのは、AO入試を突破して慶大に入ってからだ。

 ルーキーイヤーの春からレギュラーに抜擢されると、もともと得意だったランとパス主体の試合運びを重視。高校では現早大WTBの槇瑛人ら走力に長けたメンバーが後ろに控えていたため、中楠は「ゲームメイクとかを考えたことがなかった」というのだ。
 
 厳しい現実に直面した。相手の力強さを前に思うように得点できず、しっぺ返しを食らうこともあった。試行錯誤を繰り返すうちに、「ゲームの流れを考えるようになり始めた」。彼我の選手の顔ぶれ、その時々の両軍のスタミナ、点差、時間帯など、さまざまな事象を踏まえてプレーを選ぶのがよいと実感できた。

「最初はアタックをしてトライを獲れていれば流れをつかめると考えていて。実際には、アタックをしているなかでビッグタックルを一発、喰らうだけで(流れを失う)。それに、トライを獲られないようにするマネジメントもある。流れというのは10番がコントロールするものだなと感じました。アタックが好きで、正直もっとアタックをしたいという欲があるんですけど、その辺の割合についてたくさん失敗してきて、経験も積んで…。感覚なんですけど、その辺(蹴るか、走るかの)の指標は持っています。試合に出続けられるなかで、経験値として自分のゲームコントロール、頭を使う部分は成長できていると思います」

 昨季オフにも学びを得た。今年2月に約2週間、国内トップリーグのサントリーの練習に加わった。

 おりしも、当時同部にいた元オーストラリア代表SOのマット・ギタウが夫人の出産のため帰国。練習に出られるSOの数を担保したいサントリー側と、中楠に経験を積ませたい慶大側との思いが一致した。

 国内屈指の攻撃力を誇るサントリーのセッションを通し、中楠は「アタックで要求の声が多い。テンポの速いラグビーには意思疎通が大事だ」と実感。全体練習終了後は、自主練習に励む所属選手から多くを学んだ。

 なかでも日本代表のSHとしてワールドカップ日本大会に出た流大からは、「ポジショニング」について助言された。局面ごとに立ち位置を変えることで、相手からの圧力を受けづらくなったり、周りの選手をより活かしやすくなったりすると再確認した。

「ずっと同じポジショニングでプレーしていた、と。それは自分でもわかってはいたことで、難しくて(改善)できないことだったのですが、改めて的を絞らせないことを意識してプレーした方がいいと言われて(より意識するようになった)」

 トライアル・アンド・エラーが実を結んだ試合のひとつは、今季の明大戦だろう。

 早大とともに昨季の大学選手権決勝に出た明大とは、11月1日に秩父宮で激突。明大の侵入をめったに許さず、グラウンド中盤で好守を連発。ラストワンプレーで敵陣深い位置まで侵入し、FBの山田響の逆転ペナルティゴール成功により13-12と劇的勝利を挙げた。

 理想の選手像は、「長くプレーできる選手」とのことだ。

 36歳となる2017年度まで 現役を続けた大田尾竜彦・現ヤマハ発動機コーチングコーディネーター、2018年度をもって38歳でスパイクを脱いだ重光泰昌・現近鉄アタック・バックスコーチといった、戦術眼に定評のあった元SOに憧れる。

 もともとはニュージーランド代表SOのリッチー・モウンガのような切れ味のある選手に注目していたが、大学で好みが変わった。元ニュージーランド代表SOのダン・カーターの統率力に触れつつ、究極の姿をあえて極端な言葉で表現する。

「例えばヤマハの大田尾選手、近鉄の重光選手みたいな、クレバーな選手(が好き)。僕も武器は頭だと思っているので。ダン・カーター選手は、10番としてやるべきことをやってチームを絶対に勝たせるところがかっこいい。…歩いていても試合が成立するような選手になりたです」

 直近の帝京大戦、さらに12月中旬に参戦見込みの大学選手権でも、しなやかにタクトを振って凱歌を奏でたい。

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