大学選手権2連覇を目指す早大にあって、昨季から人員が大きく入れ替わっているのがSH、SOの司令塔団だ。1年時からの主力だった名手が昨季限りで卒業し、下級生がその座を引き継ぐ。
一時日本代表候補となったSHの齋藤直人前主将がサントリーに、独自の戦術眼がSNSなどで評判を呼ぶSOの岸岡智樹がクボタへそれぞれ入社。現在、SHでは齋藤と同じ桐蔭学園高出身の小西泰聖、SOでは東福岡高出身の吉村紘といった2年生コンビが主力争いで一歩リードしている。
「優勝したい。今年は岸さん、直人さん、(インサイドCTBの中野)将伍さんが抜けて…と言われますが、終わってみればそんなこと(問題)なかったねと言われるよう新しいメンバーがいいパフォーマンスをする」
吉村がこう語っていたのは、加盟する関東大学対抗戦Aの開幕を控えた10月上旬。身長175センチ、体重84キロの若きプレーメーカーは以後、6試合中5試合に先発し、11月23日の慶大戦(東京・秩父宮ラグビー場)では関東ラグビー協会選定のマン・オブ・ザ・マッチに輝いた。
伝統の「早慶戦」こと慶大戦では、対するSOの中楠一期のロングキックでエリアを獲るかたわらグラウンド中盤でハイパントを多用。向こうの目線を変えながら、フィールドポジションとポゼッションを保とうとした。
敵陣ゴール前に進んだ際は、ショートサイドへの走り込みでトライを奪ったり(前半21分)、右中間で待つFBの河瀬諒介へゴールラインとほぼ平行なパスを放ってスコアをおぜん立てしたり(後半26分)。
周りを固めるFW陣のタフさも際立つなか、主催団体に評価されたのは背番号10だった。就任3季目の相良南海夫監督はこう述べた。
「吉村には、去年まで岸岡がいたことに関してプレッシャーのようなものもあったかもしれません。ただ、彼は彼なりに一戦一戦、成長しています。ゲームの組み立てに関しても冷静。練習中から活発に周りとコミュニケーションを取ってくれます。今日も非常に冷静にキック、ラン、パスを選択してくれたと思います」
5歳で鞘ヶ谷ラグビースクールに入った。中学時代に名を連ねた福岡ラグビースクール選抜では、1学年下に早大で一緒になる伊藤大祐がいた。当時、筑紫丘ラグビークラブジュニアスクールに所属していた伊藤は、高校進学時に関東へ移住。神奈川の桐蔭学園高で主将を務めていた。
吉村は高校卒業まで九州でプレーし、2019年にかねて好きだった早大へ入学した。幼少期に見ていた大学ラグビーの試合では、現在コーチを務める権丈太郎、元日本代表の五郎丸歩らを擁する早大が常に全国優勝を争っていたものだ。
憧れのチームで吉村が接したのは、強力なライバルでありよき手本だった。昨季、不動のSOだった岸岡には、パスやキックの基本技術に加え「プレー中の情報量」に感銘を受けたと吉村は言う。
それまでは局面ごとの数的状況をもとにプレーを選んでいたが、岸岡の試合運びを間近で見るとその判断基準はより繊細に映った。岸岡は「相手のフロントローがどこにいるかとか」など、相手防御の詳細を気にしていたのだ。機敏な味方の前にやや動きの重い「フロントロー」の相手がいたら、その状況をフル活用していたような。
「岸さんはそんなところまで見ているんだというくらい、いろんなところを見ていました」と吉村。岸岡が卒業したいま、岸岡がいた頃に得た知見をフィールドで活かしている。
「基本的なパスやキックのスキルも、岸さんの方がはるかに上でした。(自身もいまは)いろんな情報を見ることを心掛けています。外側の選手の声を聞きながらプレーの選択をしています」
明らかに特異だった今季のプレシーズン期間は、ずっと都内の上井草の寮に残った。
チームの一時解散の期間が4月上旬から約2か月半も続いたことは計算外だったようだが、「しっかりトレーニングは続けられました」。6月中旬の再集合までに、ヨーヨーテストと呼ばれるフィットネステストの数値を「19」から「21」に引き上げた。
練習再開後の様子を聞かれれば、間髪入れずにこう答えた。
「時間がないからこそ一日、一日のクオリティにこだわって取り組めています。その日に出せる100パーセント(の力)を出して、見つかった課題は次の練習では修正する…。(一時解散していた)期間がどうだったかを思い出す暇がないくらい、毎日、集中しています」
昨季までに積み上げてきた財産と、イレギュラーな状況下でも積み上げた財産を活かした結果、対抗戦ではここまで6戦全勝と好調だ。12月6日には東京・秩父宮ラグビー場で、5勝1敗の明大と優勝をかけてぶつかる。
早大のよさを「日々の練習への熱量」と分析する吉村も、ハングリーに勝利を目指す。