11月20日夕刻。「すみません、抽象的な話で」と断る。
「結局、僕は意図的にやりたいんです」
中大ラグビー部の遠藤哲ヘッドコーチ(HC)は、八王子市の堀之内にある寮の小部屋でコーヒーを淹れていた。長机の前の椅子に座る。
「意図的ではない不意打ちを喰らっても『俺らはこんなことではぶれないぞ』というところまで持って行きたい。意図的ではないことの嫌なところは、他人の力で左右されるところ。意図的であることは自主性の発信地でもあると思うし、自分で決められるから意図的になれる。意図的にやる。いま、そこが、できつつあります。時間はかかりましたけど」
話題の種は、11月15日の法大戦だった。
会場の埼玉・セナリオハウスフィールド三郷では、序盤からHOの藤原能らがシャープなロータックルを繰り出し相手のミスを誘発。2年生SOの津田貫汰のロングキック、長距離のペナルティゴールも相まって、前半を9-7とリードして終えた。
ところが後半14分頃、敵陣深くまで攻め込みながらも落球すると、直後の相手ボールスクラムから右サイドを法大のFBの根塚洸雅主将、WTBの石岡玲英に一気に走られた。自陣10メートル線付近右で反則を犯すと、17分までに9-14と勝ち越される。22分、9-21とさらに点差を広げられた。
さらに、テンポのよい攻めで16-21と追い上げた直後の30分頃、自陣ゴール前でキックオフのボールを捕り損ねてしまう。
遠藤HCいわく「魔が差した」。間もなくスクラムを押し込まれ、再び16-28と突き放された。
ノーサイド直前のスコアで23-28と粘れただけに、わずかな失敗に泣く悔しい結果となった。
随所の好プレーに「意図的にやる」というスタンスが垣間見えたとあり、遠藤HCは「やろうとしたことの花が開いたところはいっぱいあった」と実感。もっとも、事前の筋書き通りに勝てそうだった一戦を不規則な形で落としたとあって、こうも反省した。
「理屈を突き詰めるのなら、理屈じゃない部分も凌駕するくらい突き詰めないと」
その心を説くうち、ラグビーが思索の森への入口であるように思わせる。
「理論的に勝つ方法を順序立ててやっています。ただ、最後は理屈だけじゃない部分が絶対にある。例えばスクラムの理論がないから押されるというわけじゃなく、理論がなかろうが気迫で押し切れるという瞬間が、ラグビーにはあるんですよね。理屈じゃない部分を、大事にする。そのこと自体もまた理屈なのですが、その点まで理解できると、非常に深いチームになるなとは思っています。難しいですけどね、なかなか大人でもできないと思う」
2017年から2年間、20歳以下日本代表を率いた遠藤HCが就任したのは、昨季のことだった。
リコーでともにプレーした松田雄監督のもと、従来の同部よりもタフなセッションを提唱。攻守両面での鋭い出足、強固なモールを仕込んだ。複数のライバル校が擁する留学生選手を招かぬなか、個々の身体能力に頼らず勝つよう組織としての「武器」を磨いたのだ。
初年度は結局、加盟する関東大学リーグ戦1部で2季連続の入替戦に突入。ただし現4年生は、プレースタイルの定着に手応えをつかむ。桐蔭学園出身でFLの川勝自然主将はいつも強調する。
「やることは、間違っていない」
今季は、10月17日に大東大と29-29と引き分けたほかは4敗。10月4日には昨季2位の日大を敵地で28-33と苦しめたが、東海大、流経大といった他の上位陣には5-64、7-64と大差で屈している。
「競った試合と離れた試合との違いで言うと…。ちょっとした小さな差というものを、絶対に許しちゃいけないんだと痛感しますよね」とは、遠藤HC。例えば、少しでも防御網の形成や出足が理想から遠ざかる瞬間があれば、そこを契機に勢いよく攻められる。
「ほんのひとつの綻びが一瞬たりとも許せない試合がある。それを選手にわからせてあげられているかという点も含め、コーチとして感じるものがありました。もっとやれたな、やらせてあげられていたな…ということの繰り返しです。コーチがチームにつくなかで『勉強する』なんて言うのは、タブーじゃないですか。(選手にとっては)『なんだ、勉強に付き合わされるのか?』となるから。でも、やっぱり、学ぶんですよね。最初から完璧なコーチなんていないわけだし」
目下、リーグ戦1部の計8チームのなかで唯一、今季の勝ち星に恵まれていない。川勝主将が「自分たちの細かいミスで(勝負は)どっちにも転ぶ。それは選手たちが感じている」と前を向くなか、遠藤HCは「僕たちの本当の力を出せば…ということに立ち返るしかない」。こうも続ける。
「相手は僕らのやろうとすることを阻止しようとする。ただ、そんななかでも、何が何でもやろうとしていることを、やる。それが、理屈を超えたところです」
寮で話をする前には、近隣の多摩キャンパス内のグラウンドで全体練習を指導した。「貫け!」「腹を寄せろ!」。スクラムやモールにおける塊としての意志を、独自の言語で引き出す。
11月22日には東京・江戸川区陸上競技場で、ここまで1勝4敗の専大を迎える。
白星を挙げれば勝ち点4が得られる制度の下、4位から入替戦対象の7位、8位までは勝ち点6の差でひしめく団子状態。12月5日までの残り2節は各校にとって落とせないなか、現在最下位の中大は磨いてきた「武器」をさらに磨く。
あの日の法大戦の直前。チームテントで遠藤HCが選手に発した言葉は、そのまま専大戦へのメッセージとなりうる。
「狂ってる? 周りの仲間の目を見て。何かあったら、頼りなよ。準備は完璧。武器は揃った。それは、おまえたちが頑張ったからだ。その武器をいま使わなかったら、いつ使う? 身体、張れよ! 中大、見せろ!」
20歳以下日本代表だった4年生SOの侭田洋翔、191センチの長身を誇る3年生FLの橋本吾郎ら主力候補が故障離脱中だ。
何より11月以降、八王子市の南平寮に滞在の男子バレー部、バスケットボール部、レスリング部から新型コロナウイルス感染症のPCR検査での陽性反応者が出た。キャンパス入口には検温カメラが設置される。緊迫感が高まる。
もっとも、他部と住まいの異なるラグビー部の4年生は、4月1日から6月上旬までの一時解散を経て感染症対策のための新ルールを策定している。電車を使わないのはもちろん、一時はコンビニエンスストアへも行かなかった。
最近では、脱衣所や浴室に一度に入れる人数を増やす代わりに入浴中の私語を厳禁とした。川勝主将は「寒くなってきたので(入浴の)回転数を上げるため、(一度に入れる)人数を増やしました。その代わり、しゃべらない」と説明し、こうも続ける。
「何のためのルールか。コロナにかからないために、さらに冷えて風邪をひかないために…ということです。自分たちのやることは変わらない。いままで通り厳しくいこう、という話。もう、ここまで来たらラストスパートです」
3桁台にのぼる部員が複数の居住施設に散る強豪校もあるなか、中大ラグビー部では約40名の選手すべてが堀之内の1棟で共同生活を送る。遠藤HCは続ける。
「少人数、小規模で頑張っている点も、中大のいい個性。だからこそ生まれる一体感は、あると思います」
部員たちの結果に表れぬ凄みを認識するからこそ、部員たちに結果をつかませたい。