まだ見ぬ高校日本一へ。
その最高峰に立つための新しい武器を手に入れた。
石見智翠館に10月8日、人工芝グラウンドが完成する。同14日、使用が始まる。
監督の安藤哲治(てつじ)の顔はほころぶ。
「ありきたりですが、念願の、というところです。夢見ていたことが現実になりました」
ほぼフルサイズの土の茶色が、目にまぶしい緑色に変わった。
敷きつめられているのは、品質上位の住友ゴムのハイブリッドターフ。芝の長さは従来70から40ミリにカットされている。引っかかり過ぎによる、膝の前十字靭帯断裂などの大ケガを防ぐためだ。その分、チップを多く撒き、パッドを厚めに挿入する。衝撃の吸収性は落としていない。
「練習しやすくていいです」
主将の松本壮馬は声を弾ませる。
工事に関わった学校関係者は胸を張る。
「2018年以降、高校でこのレベルのグラウンドを持っているのはウチだけです」
総工費は1億円以上。費用をかけただけのものはできあがった。恩恵は女子ラグビーやサッカーにも及ぶ。島根県への来征チームにも、満足感で迎えられる。
人工芝と同時に、北側に2基の照明塔も増設された。南に3基あったものにプラスされる。すべて光度の高いLED使用だ。
「これまではめちゃくちゃ暗かった。今は全然違います。冬場は5時くらいから見えなくなるけど、これで夜も問題なくなりました」
安藤は笑み続ける。
「土のグラウンドが悪いとか、環境を言い訳にするつもりはありません。でも、冬は雪自体はそんなに積もらないけれど、雨がちらちら降っては止むの繰り返し。花園の前にグラウンドがぬかるんだ中でやらざるを得ず、毎日、どろどろになっていました」
101人の部員はそのほとんどが寮生活だ。これまで洗濯が大きな負担だった。練習後、ジャージーは水洗いしてから洗濯機に放り込む。その手間が省かれる。人工芝だとジャージーが汚れることはまずない。
中四国最強である石見智翠館は、東西に広い県の西寄り、江津(ごうつ)市にある。
日本海に沿った高台にあるグラウンドは、冬場、その大海から吹きつける北風をまともに受ける。浜田の方からの西風もきつい。
学校関係者はここでも効果を口にする。
「土の時はすり傷が化膿しないように、消毒剤をまいていました。でも強風ですぐに吹き飛ばされてしまう。人工芝なら、薬をまくことも、飛ぶこともありません」
新グラウンドは関西を中心にする中学生のリクルートにも好影響を及ぼす。
以前の環境の中、青と紺白ジャージーは、花園で4強1回、8強2回の戦績を残す。
95回大会(2015年度)は31−46と桐蔭学園に打ち負け、決勝進出の望みは絶たれた。
96、92回大会は御所実、國學院久我山にそれぞれ7−43、12−19だった。
この人工芝の完成もあって、次のステップに進める手応えはある。
夏の菅平合宿では練習試合を組んだ5校すべてに勝った。その後の関西遠征でも強豪に負けてはいない。
「20分1本とか、20分ハーフとか、前後半でメンバーを変えたりしているので、参考にはなりません」
安藤は慎重な姿勢を崩さないが、結果はその強さの証明になる。
島根の高校生もコロナの影響を受けた。立正大淞南のサッカー部ではクラスターが発生する。ラグビー部も不自由な時を過ごした。
「練習は1日60分だったり、2日に1回は休みだったりしました。体育館で映画鑑賞をして終わる日もありました」
それでも東京や大阪など、コロナが猖獗(しょうけつ)を極めた地域に比べれば、ましである。
安藤は今年のチームを評する。
「どっちがいいかと言えないくらい、FWとBKのバランスがいいですね」
主将の松本はCTBとして突破役をかう。
「コンタクトには自信があります」
174センチ、84キロの体を当てまくる。
NO8のグアイニ優人はFWの中心。昨年からのレギュラーだ。
「跳躍力、バネがすごいです」
安藤の期待度は高い。
FLの古寺直希はキッカーをつとめる。FWではあるが、蹴りは正確だ。
100回目となる全国大会の県予選は2校参加。11月3日、初戦となる決勝は出雲に114−0で勝利した。
安藤は思う。
「チームが今あるのは、土のグラウンドでずーっとやってくれたOBたちのおかげです」
創部は1990年。日本代表にはPR豊山昌彦、SH茂野海人(ともにトヨタ自動車)、FL山本浩輝(東芝)の3人を送り込んだ。キャップ数はそれぞれ24、10、5になる。
ただ、あまたの無名の戦士たちにも感謝は忘れない。
「全国制覇、したいですね。チームとしては30年連続30回目、私が監督として20回目の出場。大会は100回。キリのいい数字に特別なものを感じます」
常に慎重な安藤の口からは、最後に具体的な目標が飛び出した。節目の年。人工芝に続く、2つ目の念願をかなえたい。