終わった――。
筑波大の岡崎航大主将は一瞬、天を仰いだ。
でも、水色のジャージの男たちの戦いは、まだ終わっていなかった。
10月18日、埼玉・熊谷ラグビー場での関東大学対抗戦。明大と競り合いに持ち込んだ筑波だが、最後にだめ押しのトライを奪われた。スコアは17ー31。時計の針は後半45分をさしていた。
トライ後のゴールキックが終われば、ノーサイドの笛が鳴ることは誰もが分かっていた。それでも、円陣をといた岡崎の耳に「キックチャージ、いくぞ」という誰かの声が聞こえてきた。ほかの選手たちも呼応する。
「最後までいこう」「チャージ、いこうぜ」
交代出場の背番号22、CTB一口(いも・あらい)隼人を先頭に、何人かが相手キッカーにプレッシャーをかけに走った。キックは決まったが、岡崎の目には最後まで戦い抜く仲間たちの後ろ姿が頼もしく映った。
全力を尽くす。やり切る。言葉で言うほど、その実行は簡単ではない。大きな明治のFWに接点で激しくぶつかり、持てる戦術を出して戦った80分。今季一番といっていい好ゲームを締めくくったのが、筑波のキックチャージだった。試合後、嶋崎達也監督は「どんな点差でも、プライドを持って、泥臭くやろうと4年生が引っ張ってくれている」と選手たちの姿勢をたたえた。
筑波大の今季のスローガンは「HARD」。チーム結成後の今年1月、岡崎ら新4年生で3回のミーティングを開き、議論の末に決めたという。言いやすいか。全体に浸透するか。内外に伝わるか。同期28人が一つずつアイデアを出し合い、皆で考え抜いて、新チームにもっともふさわしいと思われるものを選んだ。そのスローガンを体現したのが、ラストプレーだった。岡崎は「全員でHARDする。それが、あのシーンにつながったと思います」と振り返った。
岡崎は長崎ラグビースクール時代から、小中高大と各カテゴリーで主将を務めてきた。そんなリーダーが大事にしているのが「下級生の意見」という。「僕は上に立つタイプのリーダーじゃない。むしろ同期の間ではよくいじられる方です。でも、みんなにフレンドリーに接して、チーム内を仲良くするのは得意だと思う。チームと仲間同士をつなぐ。そんな地味な役割を大事にしています」
筑波のラグビー部には寮がない。他の強豪のように練習後に栄養価の高い食事が用意されているわけではないし、自立は培われても結束を生み出すのが難しい環境にある。コロナ禍の今季は大学のシャワー室が使えなくなり、練習後のリカバリーには特に苦労した。そんな状況だから、岡崎はなおさら積極的に下級生に声をかけたという。外出自粛期間が明けると、食事や銭湯にも誘った。9月、2年生で同じバックスの児玉悠一朗に聞いてみた。
「チームの雰囲気、どう?」
「下級生はやりやすいですよ。意見を言いやすい雰囲気があって」
後輩のさりげない答えが、岡崎にはうれしかった。
明大戦では、元気者の2年生フッカー肥田晃季が、声でプレーで、チームを励ました。フル出場の2年生WTB植村陽彦は、最後のチャージまで俊足を飛ばした。今季から先発をつかんだ3年生のSH鈴村淳史は自分から意見を出せるようになってきた。岡崎は言う。「下級生がチームを引っ張るのはすごくいいこと。僕らの代で、そういう雰囲気を作ることができた。筑波としてすごく成長できていると思う」
勝ち負けを超えて、人の心を震わせる。そんな場面がいつだって見られるわけではない。明治相手に最後まで勝ちにこだわったチームが、勝てないという結果が見えてもなお、チームの芯をぶらさず戦い抜く。しかも、主将や監督に言われたからではなく、リザーブの選手や下級生が自主的に戦い抜く姿勢を体現した。最後の1秒まで「HARD」であり続けようとした。筑波の地で積み重ねてきた時間が、あの瞬間にあふれ出た。
「全員がリーダーのチームでありたい。自立の部分では例年以上に『HARD』であろうと言ってきました。そういう意味では、ラグビー以外の部分で、チームとしてのまとまりを見せることができたと思う」。岡崎は誇る。
責任感にあふれる主将の想像を超えて、チームのアイデンティティを理解し、表現する選手たちが今の筑波にはいる。中盤戦へ突入する2020年の大学ラグビー。彼らはもっと、強くなれる。