夢でも見ているのかな。
ありきたりな表現だけれど、本当にそう思った。目まぐるしく動くボール。重量感ある身体が激しく衝突する音。飛び交う指示の声と荒々しい息づかい。空気を震わせるホイッスルの鋭い響き。すっかり忘れかけていたラグビーの光景が、4面のグラウンドのあちこちに広がっている。
9月中旬。福岡県宗像市のグローバルアリーナで開催された「第1回GAラグビーフェスティバル」を取材した。もともとは夏の鍛錬期が明け花園予選が始まる前のこの時期に試合機会を作る目的で2年前にスタートしたイベントで、昨年は1年生にフォーカスした『ルーキーズカップ』(全国の12校が出場)として開催され、今年から2、3年生も参加する交流戦も含めた大会としてリニューアルされた。今回はルーキーズカップに5校、交流戦に7校がエントリーし、サニックスワールドユースでおなじみの充実した環境の中、3日間に渡って清々しい戦いを繰り広げた。
ラグビーの試合をライブで見るのは、2月下旬の近畿高校大会以来、実に7か月ぶりだった。7月頃からいくつかの県では大会が始まっていたが、依然としてコロナの影が色濃く残る東京では、対外試合のハードルはまだまだ高い。まして多くのチームが一堂に会してゲームを戦う場面など、なかなか想像できなかった。
だから、なんというのか、目の前で普通に大会が行われていることに現実感がなかった。久々にラグビーが見られる喜びを通り越して、しばらく放心してしまった。
やがて落ち着いて試合の流れを追えるようになってくると、今度は「以前とは違うこと」が目に入ってくるようになった。ケガの際にかけつけるマッチドクターやメディカルチーム、運営スタッフは、全員がマスクにフェイスシールドを重ねている。選手たちもプレー以外の場面ではマスク着用を欠かさず、ことあるごとに会場の至る所に置かれた消毒用のハンドスプレーを手に塗り込んでいた。
コロナ禍でことごとく大会が中止になった高校生たちに何とか試合をさせたいという思いで実施された今回のGAラグビーフェスティバルだが、やみくもに決行してもし感染が広がれば、取り返しのつかないことになる。そのため会場では徹底した感染防止対策が施されていた。選手が宿泊するロッジはチームごとに棟を分け、一部屋あたりの人数も通常の半分程度に制限。もちろん入室の際は手洗い、消毒を欠かさない。食事はすべて手袋を着けた施設スタッフが取り分けるスタイルで、全選手・コーチにフェイスシールドを配布して食事中の着用を義務づけた。
2年前の立ち上げ時から中心となってこの大会を運営してきたグローバルアリーナ・営業部事業課の廣瀬友幸マネージャーは言う。
「コロナ対策は正解がわかりませんし、どこまでやっても完璧ということはありません。ただ、やれることはすべてやろう、と」
地元自治体の宗像市と市の保健師、近隣にキャンパスを構える日赤看護大の協力を仰ぎ、会議を重ねて受け入れ体制を整備した。もっとも重視したのは、施設に入る前の段階の予防策だ。参加する選手、スタッフに加え同居する家族まで範囲を広げて、大会前の一定期間の体温と体調のチェックを徹底。会場内だけでなく、会場に来る前も合わせて二重のバリアを設けることで、感染防止策を強化した。
同じように、参加するチーム側もこの大会を成功させるためにいくつものハードルをクリアしてきた。移動方法や集団での過ごし方、食事の摂り方など、学校から出場許可をもらうために気を配らなければならない点は多岐に渡る。ルーキーズカップに出場した京都成章の湯浅泰正監督は、「宗像市やグローバルアリーナの取り組みの情報を集めてこれくらいの計画書を提出して、『これなら』とOKをもらったんです」と、右手の親指と人差し指で1センチほどの間隔を作ってみせた。
さらに、大会が終わった後も緊張は続く。コロナのやっかいなところは、感染から発症までに1日〜14日ほどの潜伏期間がある点だ。「だから今後2週間は気が抜けないんです。地元に帰って感染者が出たら、すべてのチームに影響がおよぶので」(廣瀬さん)。後日、廣瀬さんに電話で確認すると、「おかげさまで大丈夫でした(感染報告は一件もなかった)」と明るい声が返ってきた。
今回のフェスティバルには、「こういうやり方をすればこの状況でもラグビーの大会を開催できることを証明する」という、もうひとつの大切なミッションがあった。廣瀬さんとともに発起人としてこの大会に携わってきた東福岡の藤田雄一郎監督は、選手たちに「万全の感染対策をすれば大会をやれるという成功例のパイオニアになろう」と話をして、意識を高めてきたと言う。
「試合をしない、遠征に行かないというのが一番簡単。でも、やるためにはどうすればいいのかを考えていかなければ、いつまで経っても前には進めない。こうやれば安全に、安心してラグビーができるという今後のモデルになれば、と思っています」
常翔学園は本来出場するはずだった春のワールドユースが中止になり、一度もグローバルアリーナを経験しないまま卒業させるのは忍びないという思いから、ルーキーズカップに出場する1年生とともに3年生も交流戦に参加した。野上友一監督は日焼けした顔にまんまるの笑顔を浮かべて、「ほんとに、ほんっとによかったですよ」と繰り返した。
「3年生なのに半年間何もできず、夏合宿も行けなかった。だから何とかこのグローバルアリーナのラグビーの空気を味わわせてあげたかったんです。これで感染者が出ず無事大会が終わって、『こうやったらええんやな』となることを願っています」
参加したチームの関係者がもれなく口にしたのは、試合や大会があることの意義だ。明確なターゲットがあることで選手たちのモチベーションが上がり、そこへ向けた準備も具体的になる。また、手の内を知り尽くした仲間同士で行う部内マッチと、違うジャージーの相手と対峙する真剣勝負では、同じ試合でも見えてくるものがまるで違う。「この3日間で見違えるほど成長した」(京都成章・湯浅監督)とは、各校指導陣に共通する実感のはずだ。
むろん、「ここでできたから他でもできる」と言い切れるほど簡単なものではないだろう。大会の規模が大きくなればなるほど、必然的にリスクは増える。またどれほど入念に対策して準備しても、自治体や学校の判断で出場を断念せざるをえないケースだってある。実際、今大会も少なくないチームが、直前まで可能性を探りながら、様々な事情でやむなく参加を見送っている。
ただ、この大会が開催されたことで、「どうすればできるのか」だったものが「こうやればここまではできる」に進んだのは事実だ。この年、同じクラブに集ったチームメイトと、全国に散らばる同世代のラグビー仲間が、青春に魂を燃焼させるための一歩は踏み出された。それは、大きな大きな一歩だった。