「意味のないことではない」
藤谷徹(ひとし)のその一言が荒れかけた場を救った。龍谷大の監督は関西大学ラグビーリーグ委員会に出ていた。
暦は夏から秋へ変わる頃だった。
今秋の四部にわたるリーグ戦を「不成立」にして、「親善試合」あるいは「交流戦」に形を変える話がまとまりかけていた。
コロナの影響で調整が遅れているチームがあるためだった。勝敗は来季の成績に反映されず、入替戦も実施されない。
その方向性に対して、上位リーグへの昇格を狙うチームから非協力的な意見が出た。
「入替戦がないなら試合しても意味がない」
それに対しての藤谷の反論だった。
9月24日、委員会を管轄する関西ラグビー協会は、11月7日から一部に相当するAリーグの開幕と所属8チームが4試合ずつ戦う変則スケジュールを発表した。
入替戦は四部すべてで行わないことを添付書類に明記している。
藤谷の発言は自チームの利害を超える。
Bリーグの龍谷大はこれまで6年連続2位で入替戦に出場していた。その度にAリーグに跳ね返される。入替戦の消滅は、大学からの支援も、今の強化から、最高の「重点」に復活する機会の先送りを意味する。
それでも、藤谷は入替戦にこだわらない。
「どういう形態をとろうが、試合をすること自体が、学生が力を発揮する場であり、集大成。そこに対していかに取り組んでいくか、ということも大切なことだと思います」
そして、新しい目標を口にする。
「Bで全勝して、12チームのトップに立つことを目指します。もちろん、我々にとって、最終目標はA昇格です。でも、こうなった以上は、地に足をつけて戦って行きます」
委員会に出席したひとりは言った。
「藤谷さんのあの一言は大きかった」
藤谷は京都の神川中の教頭だ。この中学は日本代表キャップ21を持つ坂手淳史(パナソニック、HO)の母校でもある。
教員と監督との兼務は3年目に入った。かつてラグビー部の顧問をつとめた西京極中では、日本代表キャップ2の安井龍太(キヤノン、FL)の成長に手を貸し、藤森(ふじのもり)中では、ケガが少なくなるように校庭に天然芝を植えた。
現役時代はPRだった。東山から龍谷大に進む。4年時の1989年には入替戦で立命館大を24−4で破り、初のAリーグ昇格を実現させたメンバーのひとりになる。
その創部は1929年(昭和4)。関西Aリーグの最高位は3位。大学選手権には7回出場するも、すべて初戦負けしている。
2007年の入替戦で摂南大に22−62と敗北。18年過ごしたAリーグから降格した。以降、再昇格はない。
ただ、関関同立に続く、関西有力私大の「産近甲龍」(京都産業、近畿、甲南、龍谷)の一角であるため、高校生の人気は高い。
主な日本代表はキャップ5で監督経験者の大内寛文(リコー、FL)や現役では同1の伊東力(ヤマハ発動機、WTB)らがいる。
ジャージーの色は赤。仏教系の大学らしく、梵字が薄く入っている。2013年度、スクールカラーを紫紺から変更したのに合わせて、従来の青から変わった。
ラグビー部が活動している南大日グラウンドはサッカー、アメフトとの共用だが、今年は人工芝が張り替えられている。
その新装グラウンドで9月19日にはチームを4つに割り、部内マッチを行った。
「今年に入って初めての試合ですね」
藤谷はほほ笑む。フルタイムのOBコーチ、FWの河本明哲、BKの室屋達也はもちろん、日本代表キャップ1を持つ羽根田智也(ワールド、LO)や部長の原田太津男(たつお)の姿もあった。原田は経済学部教授。洛北の高校3年間、ラグビー部に在籍した。
南大日は「オール龍谷」の空気が満ちる。
79人の選手を主将としてまとめるのは小池健雄だ。兵庫・報徳学園出身のHO。監督の秋シーズンへの思いを理解する。
「目標がなくなった訳じゃあありません。Bでの全勝に向かってやるだけです」
そして、続けた。
「試合が全部なくなった、僕らの学年は引退ですから」
藤谷の指導は週末に限られるため、小池を中心にした選手の自主性が磨かれる。
「キャプテンをやったことがなかったので、最初は何をしていいかわかりませんでした」
高3時の主将は栗原勘之(かんじ)。今、同志社大の副将をつとめる。HO小池、PR栗原のバインドで臨んだ96回全国大会は、3回戦敗退。石見智翠館に19−24だった。
龍谷大は今年1月から本格的に練習をスタートさせ、3月下旬からコロナのために全体練習を休止した。再開する7月下旬まで、小池はオンラインでの週2回のトレーニングやミーティングの先頭に立った。
「徐々に運営に携わることが楽しくなってきました。色んな人たちの意見を聞きながら、自分たちで回していることが実感できます」
龍谷大の秋初戦は10月25日に予定されている。相手は元Aリーグで、大学選手権出場実績もある大阪経済大。大阪・摂津にある相手校グラウンドで、キックオフは12時30分。まずは3チームのリーグ戦だ。
入替戦ではなく、その先にある人間的成長を目指す「リューダイ」。それは学生スポーツのあるべき姿を示している。