ラグビーワールドカップ2019で悲願のベスト8入りを果たし、『ONE TEAM』となって戦う姿が観る者を感動させ多くのファンを獲得した日本代表だが、2020年は勇姿を見せることができなくなった。1試合もおこなうことなくシーズンを終了する。
今年、新型コロナウイルス感染症の世界的大流行によりラグビー界も大きな影響を受け、6月、7月に国内で予定されていたウェールズ代表戦とイングランド代表戦は中止になった。秋はフィジー代表とともにシックスネーションズ(欧州の強豪:イングランド、アイルランド、ウェールズ、スコットランド、フランス、イタリア)に挑む“エイトネーションズ”(のちに発表された大会名はオータム・ネーションズカップ)に参加する計画もあったが、断念。日本ラグビー協会は秋の代表戦について、なんとかしたいという前向きな検討を続け、ぎりぎりまでさまざまな選択肢を模索したが、当初予定していた時期にトレーニングを開始できなかったことから、選手の安全を守る観点で必要最低限の準備ができないと判断し、2020年秋シーズンの国際試合及びそれに伴う代表活動をおこなわないことを決定した。
9月14日、日本ラグビー協会の岩渕健輔専務理事とジェイミー・ジョセフ日本代表ヘッドコーチ(HC)がオンラインで会見をおこない、経緯を説明し、いまの思いを語った。
「秋に向けて、なんとか試合ができないかということで、前向きに取り組んでまいりました」
そう話すのは岩渕専務理事だ。
「さまざまなオプションを考えました。我々が遠征に行く形、あるいは日本に来てもらって国際試合をやる形…。いまの代表チームはワールドカップであのような結果を出したチームですので、ティア1と呼ばれる南半球や北半球のトップレベルのチームと試合を組むことを考えていた。これらのチームと対戦するにあたっては当然、最低限の準備というのがどうしても必要になります。しかし、コロナ禍での状況なので、代表チームがワールドカップに向けてしたような、万全を期した準備というのは非常に難しい状況でした。世界トップレベルの代表チームとの試合に向けた準備として、選手に課すトレーニングメニューはもちろん、国内のみならず国外での合宿の可否など、ぎりぎりまで検討しましたが、想定した環境を作りだすことは難しく、必要最低限の準備が整わないことから、秋の代表活動を断念することになりました」
ジョセフHCも残念無念の表情だった。
「私もスタッフも、今年、代表としてラグビーの試合ができないことをとても残念に思っています。選手は、皆さんの知らないところで非常に努力をしていましたし、いつでも合宿に入れるような準備をしてきたと思います。ファンのみなさまも、ワールドカップ以後の日本代表の進む道を楽しみにされていたと思います」
ジョセフHCは2023年の次回ワールドカップを見据えた日本代表強化の観点から、“エイトネーションズ”を絶好の機会ととらえていた。将来的に長い目で考えたとき、質の高いチーム、質の高い大会、そして質の高いスタジアムでプレーをするということが、日本代表の選手たちが必要とする経験を積むにあたって、非常に効果がある大会だと考えていた。
それが叶わなかったことに関しては残念だと認める。しなしながら、フラストレーションは感じていないと指揮官は言った。
「やはりコロナウイルスというのは本当にコントロールできないもの、誰も予想していなかったもので、これからどうなるかもわからない。ラグビーだけでなくて、どのスポーツも、例えば野球もサッカーもいま起きてる変化に合わせて一生懸命やりくりをしています。我々も、ニューノーマルに慣れていかなければいけない。今後に関してはコロナの状況が少しでも良くなることを願うとともに、日本協会は、諸外国、特にティア1の協会等と非常に良い関係を築いています。ティア1の国々から日本とぜひやりたいと言ってくれているというポジティブな材料もありますので、そういったところを次の策として見出していければと思っています」
コロナで混乱したラグビー界。国内最高峰のトップリーグは来年1月に開幕予定なので、日本のトッププレーヤーたちは2020年、3月から約10か月間まったく試合をおこなわないまま終了する。その一方、南半球や北半球の強豪国ではほとんどが国内リーグを実施し、年内に代表同士のテストマッチをおこなうことも決まった。
ワールドカップでの大成功により日本国内ではかつてないほどラグビー熱が高まったが、次の年に1試合もおこなわないことで、ファンを維持することは難しくなるかもしれない。他国と比べ、出遅れも心配される。
「問題意識はとても強く思っております」
岩渕専務理事はそう言った。
それでも、ジョセフHCは今回の日本協会の決断を支持する。
「やはり選手のウェルフェア、安全というのを第一に考えて、今回下した決定は正しかったと思っています。次の2023年のワールドカップへ向けて、時間はまだまだたっぷりある。もっと強くなった日本代表をお見せできるようにしたいと思っていますし、今後に関しては、まずは来年頭に始まるトップリーグを皮切りに、また日本のラグビーが進んでいくということ楽しみにしていきたいと思っています」
ジョセフHCは実は、ワールドカップ2019を戦いタイトで忙しい日々を過ごしていた選手たちを休ませたいと思っていたという。少しブレイクを与え、もう一度フレッシュになって戻ってきてもらおうと考えていた。
「例えば、リーチ マイケルはオフシーズン中に手術を受け、いまリカバリーに時間を費やしているところです。ほかにもけがをしている選手が多かったなか、一回立ち止まってブレイクができるという点ではポジティブだと考えています」
それに当然、まったく何もしていなかったわけではない。
トップリーグが中止になったあと、指揮官は手術をする選手やけが人などを加味して、日本代表候補となる50人程度の選手を選び、トップリーグが終わってからS&Cのプログラム等を提供し、コンディショニングコーチたちと定期的に連絡を取りながら、フィットネステストに向けて万全の準備をしてもらっていた。選手たちが自分たちのコンディショニングに責任を持ってフィットするように持っていき、集合して、テストマッチに向けた準備をする予定だった。
「ワールドカップ後、最初の活動でチームの状況を理解するために、少しシンボリックになるようなテストマッチができればと思っていました。それができなくて残念ではありましたが、選手たちがとても一生懸命取り組んでくれていて、モチベーションも高いという姿をもう一度見れたのは、すごくポジティブな材料だったと思います」
2023年へ向けては、若い選手の発掘や育成も求められる。その一方で、経験値を持った選手の存在も非常に重要だと指揮官は言った。
「ワールドカップという最大のゴールに向けてさまざまな細かいことをやりながら、両方を見ていくことになると思います。そういう意味ではこれまでと同様、トップリーグを注意深く見ていきたいと思っています」
岩渕専務理事は、来年は、みんながワクワクするような試合を組みたいと言った。
数か月前に一部海外メディアが、「2021年に南アフリカ遠征をおこなうブリティッシュ&アイリッシュ・ライオンズ(イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランドの一流選手からなる、4年に一度結成されるドリームチーム)が、ツアー前のウォームアップとして日本代表と対戦するかもしれない」と報じていたが、それを含めて、ファンの期待は高まる。マッチメイクに関し、どのチームと交渉しているのか、岩渕専務理事は明言を避けたが、来年へ向けて必死に動いているのは確かだ。
「もう一回、あのワールドカップのときの思いとか、そういうのをぜひともみなさんに持ってもらいたい。選手たちもスタッフもそういう気持ちで強く臨みたいという言葉ももらっています。なんとか来年以降、代表チームの選手もスタッフも前向きになれるゲームを、そして何よりも応援してくださるみなさんにワクワクするようなゲームを組まなきゃいけないと思っています。来年のスケジュールについては、みなさんに喜んでいただけるような、そんなことができたのかと言えるようなスケジュールを組みたいと思って努力していますので、もう少し良いニュースをお待ちいただきたいなと思っております」