ラグビーリパブリック

【コラム】大きな可能性と、まだ、小さな声。

2020.08.27

初めてオンラインで開かれた、日本ラグビー協会の人材発掘キャンプ(撮影:BBM)

 身体が大きい、足が速いなど際立つ身体的特徴を持つ若者を発掘する通称「ビッグマン&ファストマンキャンプ(BFキャンプ)」が、今年はオンライン上で開かれた。

 8月22、23日夜の「2020年度第1回TIDユースキャンプ」には、自薦、他薦を含む80名が集結。参加者がオンライン会議アプリに入室ができるかといった事前の懸念事項は、杞憂に終わった。2018年からこの施策を先導する日本協会リソースコーチの野澤武史は、「いまは高校生の方がデジタルに強い」。ツールを使いこなせるかが心配だったのは、むしろスタッフの方だったのではと笑う。

 画面に映る講師は多士済々だ。20歳以下日本代表を率いる水間良武はよいラインアウト、スクラムを体系立てて説明。高校日本代表で監督をする品川英貴は、実際に使った過去のミーティング資料をもとにチームのセレクションポリシーを伝えた。

 BFキャンプのメンバー選考には、現時点での実績は問われていない。多くの参加者の胸には「おいおい、本当に(年代別代表の首脳が)来ちゃったよ」とのざわめきがあったのではと、野澤は読んでいる。

 身体を動かすことの少ないキャンプの幹となったのは、頭脳の訓練だった。

 なかでもハイパフォーマンスハブ・コーチング部門長の今田圭太は、おもに「目標設定」というセッションを担当した。

 プロ野球の横浜DeNAベイスターズなどでも同様のテーマで話をする今田は、2日間を通して「質の高い目標を建てれば質の高い行動ができる」「いい目標を立てるポイントは、(その目標が)具体的で、自分にとってわくわく感があるかどうか」と訴求。さらには「なぜ目標設定が必要か」などの議題を掲げ、会議アプリの機能によって少人数でのグループトークを促した。

野澤がキャンプ全体の目標に「自分の言葉でアウトプットできるようになる」を掲げていたとあって、短時間でのグループトークは今田が担当しないセッションでも頻繁にあった。話しているうちに制限時間が過ぎてしまった選手へ、水間が「時間は有限だからね」と優しく諭す一幕もあった。

 議論の質が戦術理解度やチーム文化を支えている例は、結果を出す複数のチームから見ることができる。

 大学選手権で9連覇を果たした帝京大は、練習の合間に3人1組でインプットとアウトプットを繰り返すショートミーティングを採用。昨秋のワールドカップ日本大会で初の8強入りを果たした日本代表も、大会直前の宮崎合宿中に開いたミーティングで首脳陣、リーダー陣、各選手の役割を明確に定義づけていた。当時の日本代表のリーダーズグループには、学生王者だった時期の帝京大で主軸を張ったメンバーが複数、揃っていた。

 何より、建設的に物事を進める技能は、ラグビー以外の場でも重宝される。今度のBFキャンプに参加した80名は、強いチームの一員として成果を残すスキルを予習できたとも、社会人の欲する力をOJTで学べたとも言えよう。

 それぞれのグループトークの活気にばらつきがあったの、また事実だ。他愛もない質問で話を盛り上げられる選手がいるグループがある一方、設定された時間をほぼ無言で過ごすグループもあった。

 とはいえ、ここに集まっていたのは日本各地に散る十代の運動部員。コーチングが体系化された強豪校で主力を張る選手はそう多くはなく、それぞれの置かれた環境や教育的背景は千差万別だ。テーマに沿った議論を短時間でまとめるなんて「(若いうちは)できない方が普通」だと、野澤さんも認める。

 そもそも、意見を求められて口ごもったり、考え込んだりする選手自体は、決して悪ではない。上手に話のできる選手にも、「指導者などの意を一定の枠組みに沿ってまとめ、仲間の本音と異なる意思決定を下してしまいかねない」という危険性がはらむ。こう考えると、無口であることが排除の理由とならない組織の方が健全でもありそうだ。

 昨季限りで現役を退いた佐々木隆道は、この夏から国内トップリーグのキヤノンでフォワードコーチを務める。

 選手時代に日本代表入りなど豊富な経験を積んできた青年指導者は、BFキャンプのミッションに「全然、間違っていない」と共鳴したうえで、「(話せないことが)だめ、ってことじゃない」ともフォローする。能弁な選手の抱えるリスクも、把握していた。

「(その選手が)どういうマインドでそれ(ミーティングなどでの言葉)を話しているかが大事。『こう言っておけばいいんでしょ』では、(意味が)ないんです」

 さらに指摘するのは、「ディスカッションができる子たちは、普段から考え、物事を決める癖がついている」という点だ。

 例えば元日本代表の菊谷崇さんらが2018年から運営するブリングアップのラグビーアカデミーでは、ジュニア世代のラグビーマンたちがゲーム形式のセッションを実施。指導陣が選手同士の自主的な対話を見守るなか、仲間同士で問題を解決する力を養う。いわば、子どものうちに自分の哲学、心理を言葉へ変える「癖」をつけている。

 一方で今度の80名には、積極的に意思決定に関わった経験の少ない青年もいただろう。大人しさは思慮深さ、我慢強さに昇華されうる。改めて、喋るのが苦手なことは決して悪いことではない。

 十代の頃から強いリーダーシップを発揮していた佐々木も、現時点でやや寡黙な十代の若者をこう勇気づける。

「『きょう、喋れなかったな』『本当はこんなことを考えていたのにな』『明日は勇気を持って喋ってみよう』と、思うことが大事。何がブレーキの原因なのかを自分でわかって、乗り越えるのって、すごく大切ですよ」

 そうだ。2日目のセッションで、今田は「目標設定は振り返りとセット」だと伝えていた。

「トーマス・エジソンは、『1万通りのうまくいかない方法を見つけただけだ』と言っています。電気を発明する前に1万回も失敗していますが、その時にうまくいかない方法を発見している、と。経験したことをどう認識するかで、それは失敗じゃなく学びになる」

 今回、能弁だった選手も、そうでなかった選手も、「周りの意見にとらわれない等身大の思いを端的にまとめる楽しさ」を理解し、自分の言動を「振り返」る習慣をつけていれば、スター選手になるための第一関門はクリアしているのかもしれない。