嬉しいなあ。楽しいな。
みんな笑顔だった。
青空。ピッチの上の30人の声、息づかいが、そこにある空気を元気にしていた。
タッチラインの外の仲間たちも、必死に応援し、笑う。
8月22日、午前10時過ぎ。東京・杉並区の住宅街にキックオフを告げるホイッスルの音が響きわたった。
この日、豊多摩高校のグラウンドを小山台高校が訪れ、都立高校ラグビー部同士の練習試合がおこなわれた。
両チームとも今年2月以来、約半年ぶりの試合だった。久々の実戦ながら、随所にハードなプレーを見せた。
年に数回、練習試合で顔を合わせる。小山台の岩田安史監督は、「豊多摩という相手が、みんなを頑張らせてくれたと思う」と話した。
互いに中学時代からのラグビー経験者は少なく、今年の新入部員は9人ずつ。いい関係を築いている。
この日、FWのパワープレーでは小山台が優位に立つも、ボールをよく動かした豊多摩がトライ数で上回った。
両チームとも、コロナ禍で個人トレーニングに割く時間をとれたから体を大きくできた選手たちが何人もいた。そのせいか、多くの選手が積極的に接点に頭を突っ込んだ。
ただ、試合中のコミュニケーションはまだ足りない。花園予選が始まるまでの約1か月強、そこを高めていくことになりそうだ。
左足からの正確なプレースキックで豊多摩の勝利に貢献したFB嶋戸洸太(3年)は「残り試合も少ないので、一試合一試合楽しんで、悔いなく引退できるようにしたいと思っています」と話す。
チームが勝ったこともあり、試合後、市川滉也主将の表情は清々しかった。長く右肩を痛めていたから、新人戦にも出場できなかった、この日、自分たちの代のチームになって、初めて仲間とプレーした。
「いいプレーをしようと、だいぶ気合いを入れていました。でも、個人的にミスが多かった」
反省しながらも表情は明るい。まだ初戦。自分もチームも、これからどんどん良くなっていく自信がある。
「これまで、普通にラグビーをやっていたけど、それは当たり前じゃなかったと分かって、いろいろ考えました」
そう感じたのは主将一人ではないだろう。みんな体だけでなく、人間的にも大きくなってグラウンドに戻ってきた。
この日、豊多摩の石川善司監督は、部員たちに感謝の気持ちを胸にプレーしようと呼び掛けた。
ラグビーをプレーできるようになった。その幸せを噛み締めよう。制約のあった期間も支えてくれた人たちがいる。グラウンドには保護者の姿もあった。ありがとう。
監督は「楽しもう」とも言った。みんなで同じ時間を共有できる日々は限られている。この春のことを振り返れば、いつもよりグラウンドに立つ時間は少ない。とことん濃密に過ごしてほしい。
豊多摩も小山台も、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け、3月から5月まで自宅待機となったため、いつもとは違う春を過ごすことになった。
都立高ラグビー部の生命線である新入部員の勧誘活動がままならなかった。
ともに新しく加わった9人の1年生は、工夫して集めた。豊多摩はSNSを駆使した。
小山台では、勧誘のために上級生が1年生の教室を訪れることが禁じられたから、早く入部を決めた何人かの新入生が活躍した。クラスメートへの積極的なアプローチが実った。
その1年生たちも、この日、アタック&ディフェンスで体をぶつけあった。みんな、あらためてチームの一員となった気がしただろう。
試合後、両チームはスクラム練習をおこなった。豊多摩の7番に入っていた坂本虎次朗(こじろう/3年)の姿を見ながら石川監督が「高校ラグビーの魅力って、こういうところにあると思うんですよねえ」と言った。
中学時代は吹奏楽部。169センチ、49キロと細いけれど、タックルマンとしてチームメートの信頼を得る男になった。監督は、一人ひとりの成長がたまらなく嬉しい。
両チームの選手たちは、あと何試合、この仲間たちと一緒にプレーできるだろう。シーズンのキックオフと言っていい日に、そんなことを考えてしまう特別なシーズン。
これから毎日、毎週末、豊多摩や小山台の校庭で楕円球が弾む。心もはずむ。
年間の活動日数は例年より少なくとも、みんなで生み出す熱量は、きっといつもと変わらない。