「吉岡先生、さすがだね。長年の経験で培ったマネジメント能力! そんなふうに言われるんだけどさ、まったくの偶然なの。次から次へ話がまとまって」
ラグビー合宿の聖地と言われる長野県上田市菅平高原。昨年はイタリア代表もやってきたこの場所は、芝、人工芝のラグビーグラウンド合わせて104面を擁する夏のラグビーカントリーだ。
例年ならば8月上旬は、高校生たちの期間。日本一を目指す強豪校から、県の1回戦突破を睨むチームまで、日本中からラグビー部が集まる。なぜ、期間が決まっているかというと、菅平が、練習試合の機会を求めて来る場所だから。初夏はサッカーも混じる中、小中学生が。高校は8月半ばまで、その後、大学体育会……と、カテゴリーごとに集まる。
今年、このウイルス感染拡大の状況下で、ほとんどの合宿が中止となる中、最も多くのチームが集まったのが、高校ラグビーだった。
夏合宿、菅平がいかに高校ラグビーにとって重要なのか、また高校ラグビーが菅平にとって欠かせないものなのかがうかがえる現象だった。
その菅平で神がかりの出来事があった。9番グラウンドの不思議と呼ぼう。
菅平高原の玄関(リビング?)とも言える通称「T字路」から左に曲がり深くまで進んだところにある9番グラウンド。右のポールには「KOKUGAKUIN」の紺色カバーがついていた。國學院栃木が根城にしたこのグラウンド、ここだけがほぼ連日、午前午後とゲームが行われていたのだ。
夏のこの地をよく知る皆さんには信じられないかもしれないが、今年の菅平は本当に静かだ。いつもならあちこちから聞こえてくる笛の音も、スパイクをかちゃかちゃいわせて宿まで走るおデブちゃんも、選手を護送するように走り回る各宿のバスも、ほとんど姿がない。なんとなく出かけても、「どこで何時からどこ対どこ」の情報がなければ試合は見られない。ただ、9番グラウンドだけが連日、賑やかだった。
冒頭の軽口は、國學院栃木の吉岡肇監督の、実は真摯な言葉である。創部監督は就任33年目のベテラン。
「うちも、当初予定していた対戦相手が突然来られなくなったり、試合が出来なくなったりが続いたんだ。だけど、どうしてかなくなるそばから、違うチームの連絡が入って助かったよ」
國學院栃木はここ数年、着実にそして速度を上げて成長する強豪だ。今年は関東新人大会で準優勝。昨年花園優勝の桐蔭学園(神奈川)には0-48と水をあけられたが、評判は高い。このスガダイラシリーズでも大阪桐蔭、大阪朝高、御所実、石見智翠館、天理らと好勝負、多くで勝利を挙げて注目されている。
しかし、吉岡先生の声が弾んでいるのは戦績に対してではない。この場で、またライバルたちと思い切りあたり合い、走り合うことができたことへの充足感からだ。ある日の試合で、試合中にもかかわらず吉岡先生が声を荒げた場面があった。教え子の一人が、レフリーの判定に不服そうな(そう見える)仕草を見せたところから、タッチライン側、インゴールを歩き回って選手たちに訴え続けた。
「お前たちの今のプレーには、そういう態度が出てるんだよ。今のお前にラグビーやる資格があるのかよ。レフリーはちゃんとやってくれてるよ、お前らがしっかり理解しろよ」
執拗な叱責だった。自分たちはもちろんこの試合、この合宿を支えてくれている大勢の人たちが大切にしているラグビーへのリスペクトを伝えたかった。何よりも選手たち一人ひとりに対する愛情を感じる一幕だった。
試合後、チーム作りについて聞くと笑顔で静かに話した。
「100回大会の花園に向けてどんな準備を、もちろん考えているけれど、もしかしてその大会もないかもしれない。そしたらこの場が、彼らと試合できる最後かもしれないよな。毎日、キックオフの笛が鳴るまでは緊張して、ああ、また試合ができたって、思うよ。終わってからも、すでに試合をした先生(チーム)から連絡が入るんじゃないかってびくびくしている。『うちの子が感染していました』って連絡があったら、その時点で、ウチも山をおりることになる」
あくまで目標は花園。夏の試合も貴重なプロセスになる。それでいて、この9番グラウンドは、國學院栃木の大舞台でもあった。
試合の前後に挨拶を交わす監督同士には、今まで以上にラグビー仲間としての連帯が感じられた。どれほどの努力をしても、やむを得ない事情でこの場所へ来られなかった人がいる。合宿出発直前に中止になったという話も複数、耳にした。相手にありがとう。支えてくれる人にありがとう。多くの人とのつながりを感じながら、仲間と一丸となる。ラグビーマッチの原型をみた気がした。