■当時大学4年生で先発出場したSH齋藤直人は、その時間を「なんか、ほんと、すごく楽しくて」と表現した
2016年2月27日の秩父宮ラグビー場の雰囲気をよく覚えている。控えめな期待と恐れにも似た不安、そしてそれらを包む特大の熱気。華々しく装飾された大音量のBGMが鳴り響くスタジアムは、新しいことが始まろうとする圧倒的な高揚感に満ちていた。
最寄り駅から会場へと向かう道すがら、ピカピカのジャージーをまとったファンの会話が聞こえた。
「予想は願望を込めて20対40くらい。せめて30点差くらいの勝負はしてほしいね」
準備の面で大幅に遅れをとったこともあって見立てはシビア。それでも、そう語る声は興奮で弾んでいた。きっと多くの方々が、同じような心境ではなかったかと想像する。
結果は13-26。敗れはしたものの、ひとまずほっと胸をなで下ろすデビュー戦だった。後半18分、ラックサイドをもぐってチーム初トライを挙げたキャプテン堀江翔太の照れたような笑顔が忘れられない。ちなみに対戦相手のライオンズはこの年、南アフリカグループを1位で通過しプレーオフファイナルに進出している。出場メンバーには、SHファフ・デクラークやSOエルトン・ヤンチース、HOマルコム・マークス、LOフランコ・モスタートら、そうそうたる名前が並んでいた。
サンウルブズのスーパーラグビーにおける歩みは、そうやって始まった。
あれから4年半。様々な国の出身者によって構成された狼軍団は、数々のかけがえのないレガシーと忘れがたい記憶を残して、5シーズンに渡るスーパーラグビーでの歴史を終えた。この7月、「MEMORIES OF SUNWOLVES/サンウルブズを忘れない」(ベースボール・マガジン社)の編集作業でその足跡を振り返る機会があり、このチームの果たした役割がいかに大きく貴重であったかを、あらためて痛感した。
サンウルブズがスーパーラグビーに参入する2016年以前、日本選手が世界トップレベルの戦いを経験できる機会は、ごく一部の海外クラブ所属組を除けば年に数試合のテストマッチしかなかった。ニュージーランドや南アフリカ、オーストラリア、アルゼンチンの代表を争う名手や猛者たちと毎週のように身体を当てられる環境がどれほど選手たちを成長させたかは、いまさら記すまでもないだろう。クイックな展開と緻密な連係、低さや鋭さといった日本ラグビーの持ち味が、国際的強豪に対しても確かな強みとなることも確信できた。
オールブラックもスプリングボクもワラビーもプーマも、別世界の住人ではない。ちゃんとタックルすればちゃんと倒れるし、こちらのペースで攻めればトライを取れる。わずかでも準備を怠れば叩きのめされる過酷なリーグの闘争の中で体内に刻まれた実感は、昨秋のラグビーワールドカップにおける日本代表の躍進の大きな要因だった。
サンウルブズは、それまでの日本になかった新しいファン層も開拓してくれた。特定の会社の社員や学校の出身者でなくても、誰もがストレートに感情移入して応援できる。そんなチームの存在は新鮮だったし、試合当日の会場周辺に広がる開放的な空気は抜群に心地よかった。年間5、6試合しか国内での試合がないにもかかわらず、5シーズンで約8千人のファンクラブ会員を集めた事実は、日本ラグビーの未来像を描くうえでのヒントになるはずだ。
可能性を引き出してくれる場にして、実力を証明し自信を深める場であり、生き残りをかけた試練の場でもあった。だからこそ一つひとつの試合に違った意味や重みがあり、数々の印象的なシーンが生まれた。
2016年4月23日、記念すべき初勝利を刻んだ秩父宮でのハグアレス戦。前節にアウェイのチーターズ戦で17-92の大敗を喫して開幕から7連敗となり、「もしかしたらこのまま1勝もできないのではないか…」との気配も漂いつつあっただけに、この白星の価値は大きかった。1点リードの後半39分に勝負を決めるトライを挙げ、珍しくボールを放り投げて歓喜を爆発させたCTB立川理道、試合終了の笛に顔をくしゃくしゃにして涙するキャプテン堀江翔太の姿が、そこに至るまでの苦しさを表していた。
2017年7月15日、気温33度の東京でのシーズン最終戦(正午キックオフ!)。あまりの酷暑とサンウルブズのあくなき意欲に、23人中8人のニュージーランド代表を擁するブルーズが試合の途中で膝を屈した。「こんなすごい選手たちだってこんな負け方をするんだ」。そんな感慨を抱いたことを覚えている。
2019年4月19日のハリケーンズ戦。2020シーズン限りでのスーパーラグビーからの除外が決定して初めて迎える秩父宮でのゲームに、選手たちの気迫はほとばしった。一発一発のコンタクトの音に、悲しみと切実さ、決意がにじむ。最終スコアは23-29。勝利には届かなかったものの、個人的に強く記憶に残る一戦だ。
そして2020年2月1日の福岡。トップリーグと日程が重なったためチーム編成が難航し、厳しい予想が大半を占める中、フレッシュな顔ぶれが並ぶチームは、「俺たちにとってのテストマッチ」と定める開幕戦でベストパフォーマンスを発揮した。豪州勢の中では苦手な相手とのイメージがあったレベルズから5トライを奪い、参入5年目にして初の白星スタート。「この勝利で、我々が寄せ集めではないとわかっていただけたらうれしい」という大久保直弥ヘッドコーチのコメントは、なんとも言えない含蓄があった。
その2週後のチーフス戦のあと、当時大学4年生にして先発で出場したSH齋藤直人は、スーパーラグビーでプレーする時間を「なんか、ほんと、すごく楽しくて」と表現した。競技を始めたばかりの高校生のような笑顔に、心の底からラグビーに没頭できている充実感が伝わってきた。ウイルス禍により6試合を終えたところでシーズン終了となったのはいかにも惜しまれるが、トータル198分のプレータイムで得た体感は、この先のラグビー人生において何ものにも代えがたい財産になるだろう。
この5年、数々の選手がそんな経験を積んで、さらなる高みへと駆け上がっていった。その姿を目の当たりにして多くの人々がこの舞台に立つことの意義を実感し、新しいラグビーの魅力に引き寄せられた。 すべては、太陽色に輝くジャージーが見せてくれた景色だった。