校門から見て、道を挟んで向こう側。すぐそこに目指す場所がある。
監督を務める宍戸亮太先生、片岡正太主将が率いる今年のチームがターゲットにしているのが秩父宮ラグビー場に立つこと。それは、花園予選で決勝に進出することを意味する。
2020年初夏。19人の新入部員を獲得し、総勢48人(6人の女子マネージャーを含む)となった都立青山高校ラグビー部。そのうち、高校入学前からラグビーをプレーしていたのは8人だけだ。
その割合は、毎年ほとんど変わらない。
強豪私立校にはラグビースクールや中学ラグビー部出身の選手たちが多くいる。でも、勝負は経験者の人数では決まらない。部員たちは、そう信じる。
このチームは新人戦でベスト8に入った。1学年上の先輩たちも、昨秋の花園予選で都の8強(第二地区の準決勝進出)に入り、東京の公立高校が目指す江戸川区陸上競技場の芝を踏んだ。
だから今年は、もう一歩先へ進みたい。
主将の片岡は世田谷ラグビースクール出身。3年生で唯一の経験者だ。体を張るプレーで信頼を得るCTBは、「秩父宮に行く」と、自分たちが目指すものをキッパリと口にする。
「実力をつけて、勝ちたい」
昨年も試合に出ていた。先輩たちと花園予選を勝ち上がっていく過程は楽しかった。その旅を、今年はもっと長く続けたい。
高校3年秋の決戦を、多くの部員がラグビーを始めて2年半ほどで迎える。青山高校の部員たちが、僅かな期間で、都大会の上位に進出するまでの力を得られるのはなぜか。
そこには魔法の言葉も、名指導者直伝の練習法もない。部員一人ひとりの向上心こそが、チームの背骨になっている。
監督の宍戸先生は48歳。都立秋川高校から中央大学に進み、ポジションはFLだった。在学中に社会の教員免許を取得した。
卒業後、採用の機会を得るまでの間に大学ラグビー部でコーチを務めた。そして、その世界にのめり込む。国士舘大学の体育学部で科目履修生として学び、保健体育の教員免許も取った。
八王子東高校、農芸高校と、赴任した都立高で女子バレー部を指導し、前任校の北園高校でラグビー部の顧問に就く。大学シーンで活躍する選手も育てた。
現在の青山高校に赴任して2年は、監督の諫見雅隆先生とともに指導にあたり、コーチを務めた。
当時の部員たちの頑張りも記憶に残っている。花園予選ではいずれも最後は強豪私立校に完敗も、1年目は2回勝ち、2年目も2勝。爪痕を残した。
両年とも、ラストゲームは玉砕覚悟で強豪に挑み、散った。
2017年、監督のバトンを受けた宍戸先生は、チャレンジする上級生たちの姿を見てきた部員たちを、その先に連れていこうと考えた。
どんな相手にも挑む。そんな土台は先輩たちが築いてくれたから、次のステージに行こう。強豪に本気で勝とうとするチームにならないか。そんな提案をした。
「うちの生徒たちの武器は集中力です。理解力もある。明確な目標を定めれば、そこに到達できるように、時間を効率的に使います」
みんな受験勉強を乗り越え、この学校にやってきた。その力はラグビーにも活かせる。目標を高く定めれば、個々が日々を濃くすることで対応するだろう。
思った通りだった。
同年の花園予選。3回戦で明大中野に5-24と敗れるも、最後の最後まで勝ちたい気持ちが伝わってくる試合だった。
2018年は2回戦で敗退。しかし、前年負けた相手に10-12と迫った(トライ数は同じ)。
そして昨年、東京都第二地区の準決勝まで勝ち進む。國學院久我山には7-57と完敗するも、その60分は観る者の胸を打った。
チームは着実に階段を昇っている。「先輩たちが必死に勝利を求める姿を見てかっこいいと思い、さあ、次は俺たちの番。毎年、それが繰り返されるようになった」と宍戸監督は目を細める。
自分たちの武器は集中力。そう自負する片岡主将が、それに加え、初心者軍団の成長速度のはやさについて話す。
「みんな、学んだことを体現しよう、忘れないようにしようという気持ちが強いんです。強くなりたいという意志も」
監督もそれを知っているから、いろんなことを仕掛ける。
部員たちに渡す月間スケジュール表の下にはラグビーの金言を載せ、個々の知識欲を刺激する。トレーナーの朴昌彦さん(ネクサススポーツ接骨院院長)が考える通称『朴トレ』は部員たちの肉体を逞しく。
年末には部員を連れて花園へ向かう。関西のチームと試合もする。
8月1日の練習時、グラウンドには部活動指導員の方の姿もあった。7月から、そのポストを任されたのは徳増浩司さん。昨年W杯の日本招致実現時に中心人物となったその人は、茗溪学園高校を花園で頂点に導いた指導力も持つ。
春までは、青山高校ラグビー部を指導してきた三宅丈治さんが同職に就いてサポートしてくれていた。しかし、諸事情で継続できなくなったから、宍戸先生は徳増さんに協力を求めた。
昨年11月いっぱいでW杯組織委員会を退職した徳増さんは、当時の勤務先が目の前に見えるグラウンドに立ち、「不思議な感覚。また外苑前に戻ってきました」と笑いながらも、熱心に初心者(1年生)を指導していた。
「パスは人に投げるのではなく、(人の前の)空間に投げるんだ」
練習の最後には、それぞれを希望するポジションに立たせ、擬似ラインアウトから展開することもやった。
「きょうやった練習は、なんのためにやったのか。その技術は、どういうときに使うのか。それをイメージしてもらうことが大事」
若い芽は、きっとニョキニョキと伸びていく。
宍戸先生は、「徳増さんからは、私自身も学ぶことがたくさんあります」と言って続けた。
「徳増さんも、(スポーツライターでコーチの)藤島大さんも、練習中に決して目立っているわけではない子をしっかり見ていて、練習の最後に、みんなの前でその子を褒める」
そこにいる全員が幸せになる時間。それは、また明日もグラウンドに出ようと思う瞬間。
良きクラブには、そんなシーンが必ずある。
練習の最後、48人が円陣を作った。OBでもある酒井求(もとむ)コーチが、1年生たちに「キミたちがいるから、(大人数という幸せな)この環境を作れている。ありがとう」と言った。これもまた、そこにいるみんなが幸せになる時間。
同コーチは、大森高校で教壇に立つ。サッカー部の顧問。午前中にその指導を終え、午後、母校のグラウンドにやって来た。
宍戸先生が「きょうの練習で、得るものがあった人」と問いかけると、ほとんどの部員が手を挙げた。
躊躇したり、恥ずかしがっている者は誰もいなかった。
ゴールポストの向こうに、秩父宮の屋根が見えていた。