ラグビーリパブリック

ラグビーの設計士って? スピードの専門家・里大輔がNECにもたらす化学変化。

2020.08.03

里大輔氏。今季は明大も指導する。


 里大輔は、大学や実業団の陸上競技部で監督経験を持つ。いまはサッカー選手のパーソナルコーチや指導者へのアドバイザーも担うなど幅広く活躍する。

「なんでいろんな種目を見られるんですかと聞かれますが、僕自身がいろんな種目を見ている感覚がないんです」

 ラグビー界では、週に3回1時間ずつの全体練習で全国大会へ通算6度出場の静岡聖光学院、高校、20歳以下など年代別の日本代表チームの強化へ携わる。

 地面から起きた瞬間に加速するための最適な倒れ方、キックオフ時にボールの落下地点へトップスピードで駆け込むための位置取りや体勢など、細部を突き詰める。

「寝て起きる、右に行って左に行く…。そんなひとこま、ひとこまを切り取り、つなげていく。その設計図も選手に渡すという感じです」

 運動選手のスピードや動きの質を高める専門家なのは、間違いない。とはいえ、単純に「スピードコーチ」と表すだけでは説明に欠けるような。

 自らも「あなたは誰ですかと言われた時、説明に困ることが多くて…」と考えていたところ、国内トップリーグのNECで「パフォーマンスアーキテクト」という役職に就いた。正式就任は今年6月。年代別代表を支える日本ラグビー協会からは、それ以前から同じ肩書きを得ている。

「聞き慣れない言葉ですが、こうやって名前が付けられたことはよかった」

 「アーキテクト」とは設計士。チームの求めるプレースタイルを首尾よく遂行するための動きを選手たちに涵養(かんよう)するのが、「パフォーマンスアーキテクト」の業務内容か。里は続けた。

「F1に例えると、車体(選手)のエンジンを大きくしたり、高速タイヤに履き替えたりさせるのがS&C(ストレングス&コンディショニング)。メディカルは、ちゃんと部品が組み合わさっているか(選手に故障がないかなど)を見る。F1ドライバー(選手)に『ここからそこまで行きなさいよ』と地図で見せるのがコーチ。そして、実際に『そこ』どう行くかのドライビングテクニックを教えるのが自分の仕事です。コーチの『こうしたいな』を叶えていく。それに伴い、『もっとエンジンを大きくしなきゃいけない』『タイヤを変えなきゃいけない』となればS&Cにオーダーする…と。コーチ、S&C、メディカルと横断してやる形。皆さんと話をして、『どうするか』を解決します」

 2018年には日本ラグビー協会選定のジャパンラグビーコーチングアワードで日本代表カテゴリーコーチ賞に輝き、今年2月にはフランス協会に招かれ自身の理論を現地の指導者へ伝えてきた。

 世界に認められたスピード強化のスペシャリストがNECに加わったのは、監督である浅野良太と縁があったから。2017、18年の17歳以下日本代表を指揮した浅野から、里は「いつかどこかで一緒にやれたらいいね」と言われていたようだ。

 そして、2年シーズン続いたトヨタ自動車との契約が満了する今度のタイミングで「チャレンジングなチームに行ってみたい」と先方のラブコールに快諾。新天地での仕事の幅広さに、高揚感を覚えた。

「トヨタ自動車さんもいいチームだったので非常に迷いましたが、より厳しい環境でよりチャレンジできると思い、ここを選びました。(NECには)チームとして何を大事にしているか。成し遂げたいラグビーのためにどんな細かなことを追求するかという部分の深さ、細かさを感じた。大きな役割を果たせる」

 新型コロナウイルス感染拡大の影響で、トップリーグは3月にシーズン不成立を発表。NECでもしばらく施設利用が制限されたが、里は6月から千葉県内の本拠地グラウンドでセッションを始めた。

 現在は「これからやるラグビーに必要な部品作り」の時期とし、最終的には攻防の陣形を素早く作ったり、適切な角度でスペースへ走り込んだりする資質作りにも関わりたいという。

「いまは、移動する、という部品(を作っている)。その次にはスピードの上げ下げをする部品、自由自在に方向を変える部品…。判断をしながら自分のなかにあるスキルを(素早く的確に)チョイスする力も、ラグビースキルと組み合わせて作っていく。あとは、組織としての移動のタイミング、スピードにも着手。コーチ陣の『このタイミングで、この角度で走らせたい』を実際にできるようにしていく。相当にコーチたちと会話し、コミットしていきます。選手は仕組みが見えてくると『あぁ、こういうことか』『やらない理由はない』と腑に落ちる。納得感は共有できているかな」

 2021年1月からのシーズンが予定通りにおこなわれれば、緑のジャージィが新たな「速さ」の概念を示すかもしれない。

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