ラグビーリパブリック

【コラム】 プロとアマとフクオカくん

2020.07.31

2019年大会、スコットランド戦の福岡堅樹(写真:Getty Images)

 
 卒論の発表で自分の番が終わると、そのまま会場で寝落ちしてしまっていた。

 どうでもいいが筆者の大学4年冬の思い出だ。徹夜に次ぐ徹夜で、12月初めの発表に滑り込みセーフ。その後、タイムキーパー当番の途中でも落ちてしまい会場の失笑の的にもなった。12月初旬だ。ラグビー部所属だったが、大学選手権を目ざす資格は自分にはなかったな、とまた痛感させられた。フクオカくんだったら、きっと11月には作業を終わらせ、12月は上位の大会に集中していただろう。

 2019年日本代表の福岡堅樹は、オリンピック延期を受けて7人制日本代表候補にエントリーしないことを明らかにしている。医学の道へ進む準備を進めるためだ。フクオカくんは立派だなと思う。自分のやりたいことと実際にできる範囲をしっかり把握していて、整理して前に進む。

 彼の選択について詳しく書かれたラグビーマガジンや「東京オリンピック開催祈念号」(ともにベースボールマガジン社)を読むと、「後悔したくないから」という長年の彼のポリシーが出てくる。一見、自分中心のようにも聞こえるが、周りに迷惑をかけないためにも下した決断だったことは言葉の端々に伺える。

 大学生の卒論なら徹夜を重ねて、結果、できようとできまいと本人の勝手だが、フクオカくんはプロ選手で2019年のスターでもある影響力の持ち主だ。アスリートなら挑戦したいに決まっている舞台への夢があり、もう一方の手には自分にしかわからないもう一つのワクワクの素、医者の夢を握り締めている。人の夢も託されてしまう五輪と、極めて私的な夢と。彼個人にとって重さはほとんど同じなのだろう。本当の本当は二兎を追いたいだろう。それでも諦めたのは、彼が今、何者であるかを見つめたからではないか。自分が、プロラグビー選手であるこからだと思う。

 ポジティブな空気しか感じさせないフクオカくんだが、なかなかしんどい判断だったに違いない。

 これからは人としてラグビー以外のことにも時間を割くと決めた。今、職業として15人制プロ選手である自分は、7人制のことまでは、やりきれない可能性がある。プロだからこそ、できないことにしっかりと線を引かなければならなかった。

 そういえば、筆者の卒論のテーマはスポーツのアマチュアリズムとプロフェッショナリズムについてだった。1995年3月、同年の第3回ワールドカップ開催直前、イコール、ラグビーの世界でプロ化が容認される(ラグビー界ではオープン化という)の夜明け直前だった。

 あの頃以来、アマチュアの精神とプロの矜持は両立する、という思考を、まだ信じている。フクオカくんはそれを体現しているラグビーマンの一人だ。

「ワクワクするから一生懸命やる」という太い幹を、アマチュアの心を少年の頃から持っていたから、スポーツも、学ぶことにも、もしかしたらゲームにも、自分のポテンシャルを投じて、人が驚くくらいに枝葉を広く大きく伸ばした。そして、大人になってもまだワクワクすることがあって、何かのプロになったから、周りの人のことまで考えて行動ができる人になった。

 できれば、アマでプロでありたい。プロでアマならなお素晴らしい。はるか年下のフクオカくんには教わることが多い。

 7月29日、小社から「東京オリンピック開催祈念号」が発売された。
 リスケジュールされた1年後の開催も危ぶまれる中ではあるが、東京オリンピックに向けたアスリートたちの想い、代表選考の現在地、さらに前回の日本夏開催、1964年東京大会の記憶などを1冊にまとめたものだ。フクオカくんの決断の背景を、ラグビーマガジンの田村一博編集長が書いている。

■発行・発刊 ベースボール・マガジン社
■書名 スポーツマガジン Vol.1東京オリンピック開催祈念号
■価格 別冊付録共定価 本体1091円+税
■フクオカくん以外の内容: INTERVIEW瀬戸大也(競泳)、井上康生(全日本柔道男子監督)、CLOSE UP! 全員が優勝候補の最強軍団・東京オリンピック代表13人が内定!(柔道)、上野由岐子(ソフトボール)、桃田賢斗(バドミントン)ほか

Exit mobile version