元ラグビー日本代表の霜村誠一は、体育教諭を務める群馬県の桐生一高で教育現場の変化と向き合っている。新型コロナウイルスの感染拡大が叫ばれるなか、監督を務めるラグビー部はもちろん他の運動部へもまなざしを向ける。
その心を率直に明かす。
「こういう事態は初めて。前例があるわけじゃない。いつも通りのことをする…といっても、(現状が)いつも通りじゃない。だから、このなかで何ができるかを考えてやっていったら、新しい、おもしろいこともできちゃうんじゃないかと。全員が賛同するわけじゃないだろうけど、それって何でもそうだと思って、やり始めるしかない」
現役時代は通称「ミスターパーフェクト」。温厚な人柄と渋いプレーで親しまれた。
東京農大二高、関東学院大を経て2004年に三洋電機入り(2011年よりパナソニックに名称変更)。身長176センチと一線級にあっては小柄だったが、力自慢が並ぶCTBに入って果敢なタックルと防御ラインの整備、相手防御を引き付けながらのパスで存在感を発揮。2009年度からの4シーズンは主将を任された。
セカンドキャリアには教師の道を選んだ。プロ選手だったうちに教員免許を取り、2015年から現職。ラグビー部の指揮官としては昨季まで2季連続で全国高校ラグビー大会に出場した。
かねて選手の自主性を促してきた。短期の練習方針やチーム戦術の策定も、選手同士で話し合わせる。「僕は、どっちかと言ったら進捗チェックなんです」。新型コロナウイルスの感染拡大による休校時も、その態度を貫く。
「全員が同じ環境下にいるわけじゃないし、僕から(自主練習を)指示しても『それはできない』と言われることもある。(コロナ禍が)明けた後に向けて、自分たちがチームにどうアプローチできるか。そのことについて、僕はリーダーたちで決めてと言ったんです。主将、リーダー陣とLINE、外部のツールでやり取りをしたり」
すると部員たちは、ワールドラグビーのレフリー講習を受講する。ルールの理解度を高める動きに出た。
折しも日本協会でリソースコーチを務める野澤武史氏が、「#ラグビーを止めるな2020」というツイッター上でのプレー動画投稿の活動を開始。各種大会が開催中止となるなか、桐生一高の部員たちも積極的に加わった。特に試合経験の豊富な主力選手は、ネット上でシェアしたいプレーシーンをすぐに思い浮かべ、指揮官へ提案したという。
いつものように意思決定を選手に委ねた結果、霜村は「Z世代」と呼ばれるいまの10代の感度に感銘を受ける。「小さい頃からSNSなどが発達していて、情報収集力とか、すごいですから」。分散登校が「1日置き」になった6月以降は、少人数ずつに分かれてのセッションを始めた。引き続き、青年たちの声に耳を傾ける。
「(今後の試合日程が)どうなるかわからないなかで、準備をする。そのモチベーションって、相当、難しいと思うんです。経験の少ない高校生に『どうせ(練習を)やっても、もし(試合が)できなかったら…』という思いにさせないよう、いままで以上に寄り添っていかないと。練習だけしていればいいのかと言えば、そうじゃないのかもしれない。それがラグビーじゃなくても、一緒に何かをやり遂げよう、その何かを皆で考えよう…とも皆に投げかけています。僕ができるのは、それ(選手が考えたこと)が果たしていまやるべきことなのか、自分たち視点になっていないか、周りのことを考えた行動なのか(を確認すること)」
クラブの指導者としてだけではく、体育教諭としても生徒を見つめる。桐生一高ではラグビー部の他に、バスケットボール部、3×3バスケットボール部、柔道部、陸上競技部など7つの強化指定クラブがある。そのひとつであるサッカー部は複数のJリーガーを輩出。在校生にも県でトップクラスの実力者が勢ぞろいしている。
しかし今季は、野球部の出場が決まっていた春の選抜大会が中止。他競技でも各種大会がおこなわれず、多くの3年生が意気消沈していたようだ。おもに1年生の授業を受け持つ霜村も、長らく接してきた最上級生の悲しみに直に触れる。
「それまで群馬でトップだった子、3年生のシーズンに賭けていた子もいた。不完全燃焼で悔しい思いで…」
目標物のないまま引退せず練習を続ける彼、彼女らに何かできないか。各クラブの指導者と話し合い、運動部員に「桐生一高に来てよかった」と感じてもらえるよう仕掛けたいという。
例えば、週に一度のペースで他の部活へ「レンタル移籍」するのはどうか。小さい頃から野球一筋だった部員が道場で身体をぶつけたり、根っからのサッカー小僧がバットやグローブを手にはめたりしたら、リラックス効果や新たな気づきを得られないか。
幸い、毎週月曜日はどこのクラブもミーティングや軽めのトレーニングに充てている。そのタイミングであれば、実施可能な大会を目指すクラブでも他部の生徒を受け入れられるのではないか。
桐生一高がいまだからこそできる「新しい、おもしろいこと」の一例は、そういうものだった。
ラグビーでは、ポジションごとに必要なキャラクターが異なる。「多様性」とも評される競技特性を踏まえ、霜村は「その辺、ラグビーって緩いじゃないですか」と笑う。イメージを口にする。
「卒業まで何のモチベーションもなく練習を続けるのは苦じゃないですか。そんななか、『最後は、楽しかったな』と言えるものを作っていきたい。周りの協力がないとできないですけど、いろんな競技を経験してみるのもおもしろいな、って、内輪で話しているんですよ。これは教育者だから言っているんじゃなくて。彼らは何かのきっかけで桐生第一高校に来てくれて、僕らと関わってくれている。だから大会がなくなっても『桐生一高が楽しかった』と思ってもらえるようにしたい。野澤さんがやっている『#ラグビーを止めるな2020』も、他のスポーツにも波及している。そういう巻き込んでいく力が、ラグビーにはある」
その延長線上ではきっと、一人ひとりの「新たなことへチャレンジする勇気」も芽生えると考える。2020年の桐生一高生に、2020年の桐生一高でこそできる最善の体験を提供したい。