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ラグマガ推薦!もう一度見たいW杯名勝負<後編>「勝負の時間に見せた『信』。2007年&2015年」

2020.07.02

ゴールを決めた大西を祝福するジャパンの面々。ワールドカップの連敗を13で止めた(撮影:高見博樹)

5-12からの同点劇。
RWC2007集大成のカナダ戦

 5-12でカナダを追う日本が、後半43分のトライで10-12に。右タッチから5メートルの難しいゴールキックを大西将太郎が決めて12-12に。ハーフウェイラインに並ぶジャパンの面々とともに、スタンドの観客も両手が上がった。

 2007年9月25日、ブリテン島からフランスのボルドーに移動した日本代表が迎えた大会ラストマッチだった。オーストラリア、フィジー、ウェールズ に敗れた日本はすでにプール敗退が決定済み。傍目には、同じく1勝も挙げられていないカナダとの消化試合だった。が、この試合は日本の、後半ラスト20分の粘りと信念を見せるドラマになった。

 チームスタッツが試合を象徴している。

 試合を通じて、カナダが記録したラインブレークはゼロだった。FW勝負に絞り、自陣からも密集を押す場面もあった。繰り返すクラッシュとモール。対する日本の数字は120。これはタックルの数だ。頑丈なパックをぶつけにくる相手に、ひたすらディフェンスで抵抗した。

 日本は前の試合からの間隔が4日しかなく、カナダは8日あった。最終戦の疲労感は拭えず全体にミスが多く、現地メディアでは、内容は凡戦、欧州なら2部クラブ同士のレベルと酷評された。後半始まって間もなく、3万4000の観客がウェーブに興じている。人々がピッチに目を凝らすようになるのは、勝負の時間帯、後半20分からだった。

 カナダは意外性で引きつけた。

 5-5のハーフタイムから、ますますFWを押し立て圧力を増すカナダは、64分に驚きのスコアで勝利をたぐる。

 日本ゴール前に張り付き、セットプレーからFWラッシュを繰り返したかと思うと、密集で得たPKから一発で決めたフィニッシュブローは、なんと、キックパス。右中間、トライラインまで10メートルの位置でチョンとその場でボールを蹴ったSHモーガン・ウィリアムズは、左奥の無人のスペースにキックを上げ、WTBファンデルメルヴァがこれを直接キャッチして左中間にダイブした。

 余談だが、真横にカバーにくるタックラーを振り切ってインゴールに滑り込むカナダのトライの瞬間は、2015年の日本、南アフリカ戦のカーン・ヘスケスの逆転サヨナラ・トライとよく似ている。余談の余談だが、2007年カナダのスコアラー、ファンデルメルヴァは2019年大会にもカナダ代表として出場したスターだ。

 カナダのトライ&ゴールが決まって、5-12。ここから日本は魂を見せる。それまでのジャパンだったら、たとえ心折れずとも足が止まる時間帯だ。しかし、このジャパンは最後に良さが出た。自分たちのチームを信じ切り、前に出続けた。プール最終戦、しかも打撃戦の終盤で体力的にはへろへろだ。選手たちは体と頭が半ばしびれたような状態に。ただ、走る、ただ、タックルする。その姿が壮絶だ。ミスは減らない。だが、日本がカナダのトライラインに迫る時間帯になった。

 日本がラインアタックから、カナダのディフェンスをいなしてインゴールにキックを上げる。有賀剛とクリスチャン・ロアマヌが押さえに走ったボールを、ブロックするように追ったのがまたもカナダ主将のSHウィリアムズ。デッドボールラインまで全力でボールをプロテクトしにいった結果、インゴールの広告看板が凹むほどに激突した。ビデオもチェックしたレフリーの判断は、ウィリアムズの反則。ボールを故意に外へはたき出したと見た。

 この、気迫の代償となったペナルティが、日本の最後のトライの起点になった。

 ジャパンは珍しくPKからタップキックでSH金喆元がリスタート。右ゴール前、パスアウトされた丸刈りのLOルーク・トンプソン(まだNZ国籍)が激しく前進、左へ、左へ、ゴールポストに向かってアタックを繰り返した。ボール確保を第一にした密集での前進。カナダは、中継画面左方向への展開への警戒を緩めないまま応戦していた。

最後のトライのきっかけは、2019日本代表でもあるルーク・トンプソン(当時はNZ国籍/撮影:高見博樹)

「左、左」の流れから、一瞬でアタック方向を切り替えたのは、FLハレ・マキリとCTB平浩二だった。複数の選手が突然、右へ回り込み、ボールは大きく開いたスペースに展開され、平が飛び込んだ。すでにインジュアリータイムに入り、残されたプレーは日本のGKのみだ。観客は歓声を上げ、次に固唾を飲んで見守った。

 10-12。位置はタッチから5メートルの難しい角度。しかも右からのキックで、回転を考えるとより難しい。キッカーの大西将太郎の表情は、疲れとプレッシャーで鋭い目ばかりが光っているようだった。だが、メンタルは水を打ったように落ち着いていた。

「外すと思わなかったから、蹴った瞬間、みんなの方を振り向いた」(大西)

 W杯初出場ながら、BKの核に成長していた大西のキックは、ポストの間を抜け夜空に吸い込まれた。

12-12。日本が、1991年大会の最終戦勝利を最後に重ねてきた連敗記録は13で止まった。

インジュアリータイムのトライから、大西将太郎(現WOWOW解説者)の同点Gが決まる(撮影:高見博樹)

信念は大会前から。
「BEAT BOKS」の2015

 2007年のラストに観客を酔わせたのは、日本が最後まで見せたプライドとガッツだった。一つ前の大会(2003年)ではフランスに善戦、「ブレイブ・ブロッサムズ(勇敢な桜戦士たち)」と称えられてからは、長い4年間だった。指揮官が再三交代、ジョン・カーワンヘッドコーチのもとで最終強化が始まったのは大会わずか5か月前だ。けが人が相次いだ。エースWTB大畑大介らが大会直前に負傷離脱。不利な日程を乗り切るためのWチーム制(初戦で主力を温存)は、メディアから疑問視されていた。主力で狙ったフィジー戦には4点差で敗れ、ウェールズにも大敗。最後の存在証明を許された試合が、カナダ戦だった。

 極限状態が生んだガッツ、際立った信念。次にジャパンにそれが宿るのは、2015年大会に向けたキャンペーンだ。

 ヘッドコーチは日本にもルーツを持つオーストラリアの名将、エディー・ジョーンズ。チーム作りには妥協は一切なく、ハードワークで世界に勝つことを目標に掲げて、準備を尽くした。選手たちだけではなく、エディー率いる強化スタッフも、激務で駆け抜けた日々だった。

 2012年初めの就任時のラグビーマガジンのインタビューで、期待を一身に背負った新指揮官は、「4年後、私の周りには誰もいない」と予言をしていた。

 その成果は、ピッチに入る前から出始めていた。

 日本協会のスタッフ・総務担当の大村武則は、スタジアム到着のリハーサルを何度も行っていた(*1)。チームバスがスタジアムに到着するようオーダーされていたのは、キックオフ105分前。エディーの時間指定は絶対である。遅刻はもちろん、時間前でもアウトだ。当日、大会側からは「市街渋滞のおそれあり。早めにホテルを出発せよ」との通達があった。しかし、大村氏は自分たちの万全のシミュレーション通りにバスを走らせた。チームはオーダーの通りに会場入りした。一方、南アは、言われるがまま早くホテルを出て、開場前にスタジアムに到着、入車できず市街をバスで走り回る結果となった。選手たちは会場入りの時点でストレスを抱えていた。

 日本側は、時間が経つにつれて、ワールドカップ初戦の手応えを得ていった。

 大会前の情報、メンバー、ウォームアップ前の相手の頬の緩み、キックオフでのFW対応。

「南アは、日本戦に万全の準備ができているとは言えない」そう感じ取った。

 少なくとも自分たちがこの一戦のためにかけてきたものとは乖離がある。ワールドカップへの準備で熾烈を極めた宮崎合宿のフィールドには「ボクスを倒せ」の文字が掲げられていた。過去の「大会2勝」などの、標語にはなり得ない目標ではなく、初戦にすべてをぶつける覚悟が、2015年のチームにはあった。

「これ、全然いけるな」

 ゲームの入り時間帯、FB五郎丸歩とWTB山田章仁は早々に声を掛け合っている(*1)。

 68分。日本が南アのために用意したラインアウトからのサインプレー「府中12外」(ふちゅうじゅうにそと)が決まる。

 立川理道が前半から繰り返したタテのイメージが利いた。南アのディフェンダー、コーニー・ウーストハイゼンの指は松島幸太朗にかかっている。しかし、重心を逆方向に奪われたタックルは無力だった。幸太朗、抜ける。五郎丸にパス。右中間に場内が騒然となるトライが決まった。ゴール成功で29-29。日本代表が、ゾーンに入った。

タテ突進を繰り返し、南ア防御に強い印象を与えていた立川理道。快挙に大きく貢献(撮影:早浪章弘)

 覚悟が手応えに、手応えは自信に。このジャパンが信念を発揮したのはゲームに入ってから、ではなく、大会に向かう道のりから大きな軸で貫かれていた。チームの隅々にまでそれが実感されたのが、78分のラインアウトの選択だった。29-32で3点差を追う残り2分。精度の高さを誇る五郎丸のPGがもし決まれば同点。同点でも世界を揺るがすドラマだ。リーチ マイケル主将率いる日本代表は、しかし、あくまで勝利を目指して、ラインアウトを選択しボールをキックアウトした。

 この場面以降、指揮官エディーの表情はなんとも言えないものになる。頭からは、それまでピッチに指示を送っていたヘッドセットが消えている。「3点を狙え(まず同点を狙え)」の指示を聞かなかった選手たちの判断に、思わずそれを叩きつけていた。自分の手を離れ、はばたこうとする子らを見ながら、必死に冷静を保とうとしているようにも見える。

83分55秒。カーン・ヘスケスが左スミのインゴールにボールを着けて、世界が揺れた。34-32で日本が、南アフリカを、破った。翌年のサンウルブズ誕生、4年後のワールドカップ日本開催、さまざまなものを変えたと言われる、2015年の日本快挙の始まりだった。

34-32。逆転となるトライを決めた日本代表。会場のスタッフも拳を掲げた(撮影:早浪章弘)

 南ア戦の観衆は2万9290。観客だけでなく、蛍光色のジャケットを着た会場スタッフも雄叫びを上げているのを、見ただろうか。SNSでは、世界中の南ア人を除くラグビーファンが狂喜する場面が何万回も再生された。世界はもはや日本に拍手を送ったのではなくて、ラグビーを祝福したのではないか。

 2007年の同点劇にふるえたとき、友人が携帯に打ってきた言葉に考えさせられた。

「俺たちは、こんな風によそのチームの試合を応援できるだろうか」

 カナダに追いつく日本同点のGKが決まった後の、ボルドー3万4000観衆に対する称賛。8年後、日本は世界から拍手をもらい、当事者の南アのファンたちからも温かい祝福を受けるという、まったく新しい体験をして、2019年に向かった。

 2019年には新たな地平が広がっていた。

 日本のラグビーファンは、よそのチームを心から応援できる人々になっていた。出場チームやそのファンと歌い、語り、ゲームを楽しむ姿が日本中に広がった。

 史上初の8強入りにはもちろん泣けた。それと同じくらい尊くうれしかったのは日本のファンの振る舞いだ。

 2007年と2015年には、日本ラグビーの成長のステップが刻まれている。

*1 参考:「ラグビーワールドカップ 激闘の軌跡Vol.3」に掲載
『2015南ア撃破の深層』(ベースボール・マガジン社)


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