ラグビーリパブリック

【コラム】 雨の朝、最初の一歩。

2020.06.25

自らを「グータラしたい方」と評する福岡堅樹。自らの操縦術に長けている(撮影:髙塩 隆)

■あの福岡堅樹にだって、弱い部分があるんだから。そうやって「自分」の弱さを認められたら…

 完璧に見えた人間の不完全さは、妙にいとおしい。

 医学の道を志し、東京オリンピックへの挑戦を断念したパナソニックの福岡堅樹。自分が決めた人生設計を邁進する姿は潔く、周りに強く翻意を求められても揺らがなかった27歳の心の強さにただ感服させられた。

 そんなスーパーマンのような福岡を身近に感じた一言が、決意表明した6月14日の記者会見であった。

「一度、(7人制引退を)ずらしてしまうと、また何かほかにやりたいことが出てきてタイミングを失ってしまうという可能性も考えられた。自分の中では、やはり自分が決めたものを貫きたい。そういう思いが一番強いから、今回はこのような決断をさせていただきました」

 スパッと未練を断ったように見えた選択だったが、葛藤がないわけではなかった。大会の1年延期に合わせて7人制ラグビーを続けたら、競技に対する欲がもっと出てしまうかもしれない。福岡は自分の心の機微を予測していた。だから、そんな思いに流されまいと、2020年夏を機に医者への道にシフトするという初志を貫徹することに決めたのだ。

 昨年末のインタビューでも、彼は人間くささを見せてくれた。桜のジャージでスコットランドを切り裂いた彼の姿から想像はつかないけれど、普段の彼は「グータラしたい方」なんだという。丸一日オフがあれば、大好きなゲームを朝までしていることもあるそうだ。

「だから、目標を決めて、自分がやらなきゃいけない状況を作る。絶対にこのことはやらなきゃいけない、と決めて。そうじゃないと、廃人みたいになってしまう。ただのゲーマーですね」。弱点はないのですか、という質問に冗談交じりにそう答えていた。どんな時も理路整然と話す福岡の何げない日常が垣間見えた気がして、親しみがわいた。

 ワールドカップ、オリンピック、医学部。高い目標を次々と設定する福岡の道は、常人がなかなかまねできるものではないだろう。でも、彼の考え方なら参考にできる。

 毎日走ろうと思っていても、天気や体調が悪い日は「また明日」と見送ってしまうことがある。でも、「どんな自分になりたいか」の像を明確に描ければ、自分の背中を押すことができるかもしれない。「あの福岡堅樹にだって、弱い部分があるんだから」。そうやって自分の弱さを認められれば、梅雨の日の朝に最初の一歩を踏み出せる気がする。

 福岡の決断でもう一つ。彼の進路を後押ししたのは、パナソニックというチームの懐の深さだった。飯島均GMはいつもの豪快な口調で楽しそうに笑っていた。

「日本ラグビーにとっては残念かもしれないけど、私は色々な人間がいるチームが好きなんです。うちは色々なキャラクターがいて漫画のドカベンみたい。福岡選手は(ピアノと野球を両立した)殿馬かな。とにかく、あんなにすごい選手が今度は医学に挑戦する。きっとオリンピックに出られなかった悔しさもバネにして、すごいお医者さんになりそうな気がしませんか? それにこういう道もあるんだ、と彼の後を続く第2、第3の福岡堅樹が現れるかもしれない。それがすばらしいんですよ」

 田中史朗や堀江翔太をスーパーラグビーに送り出した時と同じだ。たとえチームにとってマイナスだとしても、夢に向かって進む選手たちを支えることに躊躇がない。太田の地で、福岡堅樹はラグビー選手として磨かれた。そして多様な個性と交わることで、自分らしく生きることの価値をかみしめたのではないか。