ラグビーリパブリック

ラグビーW杯が日本にもたらしたもの 経済効果分析&大会成果分析レポート

2020.06.24

日本×アイルランド戦を観に静岡・エコパスタジアムへ向かう人々(Photo: Getty Images)


 昨年日本で開催されたラグビーワールドカップについて、「開催後経済効果分析レポート」および「大会成果分析レポート」が公開された(発行元:ラグビーワールドカップ2019組織委員会)。本レポートは、ラグビーワールドカップ2019日本大会が日本全体と各開催都市に与えた経済効果とその他の実績・成果に関する分析をまとめたもので、貴重な大会レガシーとなる。

「ラグビーワールドカップ2019日本大会 開催後経済効果分析レポート」

■ラグビーワールドカップ史上最高のチケット完売率
ラグビーワールドカップ2019(RWC2019)はアジアでの初のラグビーワールドカップ開催になり、チケット完売率は99%と、ラグビーワールドカップ史上最高のチケット完売率を記録した。また、チケット販売枚数も172万枚にのぼり、世界で最も人気があるメガスポーツイベントのひとつであることを改めて示すことになった。

■ソーシャルメディア動画再生回数が前回大会の5倍強
RWC2019のソーシャルメディアによる大会関連動画再生回数は、前回2015年のイングランド大会と比較し5倍以上の20.4億回に達し、RWC2019によってラグビーワールドカップに対する世界中の注目度が飛躍的に上昇した。

■ラグビーワールドカップ 過去最大の経済効果
RWC2019では、大会組織委員会ならびに各開催都市によるスタジアム等インフラ整備や大会運営に関する支出をはじめ、国内外の観戦客やその同行者によるスタジアム、ファンゾーン、滞在地や周辺の観光地等で多様な消費活動が行われた。その結果、これまでのラグビーワールドカップで最大となる6,464億円の経済波及効果が日本国内にもたらされたと算定した。

■訪日客による消費支出が 経済波及効果に強く影響
経済波及効果全体の54%が訪日客の消費支出による波及効果であり、メガイベントの経済効果では、インバウンドの取り込みが重要であることを再確認する結果になった。

●観戦客等による消費
観戦客等によるスタジアム、ファンゾーン、ホスピタリティプログラムをはじめ、市街地や観光地での消費による経済効果を表している。
経済波及効果:3,889億円(国内客による消費:407億円/訪日客による消費:3,482億円)
GDP増加分:2,034億円(国内客による消費:205億円/訪日客による消費:1,829億円)

●大会運営費
スタジアムなどの会場運営、大会出場チーム、大会ゲスト、メディアなどに提供するサービスに伴う支出などによる経済効果を表している。
経済波及効果:1,374億円
GDP増加分:864億円

●スタジアム等インフラ整備
スタジアムのグラウンド、スタンド、照明、更衣室、アンチドーピングルームなどの諸室の設置・改修費用などによる経済効果を表している。
経済波及効果:1,201億円
GDP増加分:617億円

●合計
経済波及効果:6,464億円
GDP増加分:3,515億円

開幕へ向け、札幌ドームで準備をする作業員(Photo: Getty Images)

■チケット購入者情報
本大会では、訪日客がチケット販売総数(約172万枚 ※中止試合除く)の28%(約49万枚)を購入し、大都市の開催都市のみならず、全国12箇所の開催都市での試合を観戦した。また、アンケート結果では訪日客の76%が東京から入国していたことがわかり、訪日客の各開催都市等への訪問にともなう交通、宿泊、飲食等の支出より経済波及効果を押し上げた。

<訪日客入国都市>
東京76% 大阪9% 福岡5% 北海道4% 愛知2% その他4%

RWC2019による訪日客: 約24万2,000人
アンケート結果では、RWC2019訪日客の約60%が初めて日本を訪れ、75%が「必ず来たい」と日本再訪の意向を示している。一方、2018年の訪日外国人では相応する数字は57%との結果になっている。これはRWC2019が初訪日の誘因となり、将来の再訪日につながる可能性が高いことを示している。RWC2019のようなメガイベントによって、開催時のみならず、将来のインバウンド効果も生み出される可能性があることがわかった。

<RWC2019訪日客の居住地域>
欧州:約13万1,000人
オセアニア:約5万4,000人
アジア:約2万2,000人
北米:約1万7,000人
南米:約9,000人
アフリカ:約9,000人

海外からのラグビーファンのビール消費量も話題となった(Photo: Getty Images)

■インバウンドによる経済効果の要因
RWC2019訪日客の1人あたりの消費金額は2018年訪日外国人の147,907円と比較すると4.6倍となっており、経済波及効果を押し上げる結果になった。RWC2019訪日客の1人あたり消費金額は1人1泊あたり消費単価と滞在期間が要素となっているが、2018年訪日外国人と比較して1人1泊あたり消費金額が約1.7倍、平均滞在期間が約2.7倍になっていることから、実際に1人1泊あたり消費単価が高かったこと、滞在期間が長期間になったことを示している。

<滞在期間>
RWC2019:平均16泊
2018年訪日外国人:平均6泊
RWC2015:平均13泊

RWC2019訪日客と2018年訪日外国人の消費行動を比較すると、1人1泊あたりの宿泊、飲食、交通、娯楽等サービスの消費単価は高く、買物の消費単価は低い金額となった。これは宿泊、飲食、娯楽等サービスといったエンターテイメントに対する消費が買物といったモノの消費よりも重視されたと考えられる。

ラグビーはコンタクト競技のため、試合と試合の間には長いインターバルを要し、RWC2019訪日客が特定のチームの試合のみを観戦すると仮定すると、その期間と試合観戦数により試合観戦のために最低限要する滞在宿泊数が決まる。RWC2019では、1人あたりの平均試合観戦数が多い欧州とオセアニアからの訪日客が全体の約76%を占めていたことから、平均宿泊数が長期化したと考えられる。

東京で多くのファンに歓迎され、写真撮影に応じるNZ代表のボーデン・バレット(Photo: Getty Images)

<開催都市概要>
本大会における開催都市の経済効果はスタジアム等インフラ整備や大会運営費によるものだけではなく、開催都市を訪問した観戦客等による飲食、交通費、買物ならびに娯楽等サービスよって押し上げられた。
●ファンゾーン入場者数:113万7,288人(全国合計)
●1人あたり消費額:686,117円
●チケット販売数:171万8,176枚(全国合計)

【札幌市】
経済波及効果:120億円 GDP効果:71億円
札幌ドームで2試合が開催され、大会期間中にはファンゾーンが札幌大通公園西2丁目ならびに札幌駅南口広場に設置された。

【岩手県・釜石市】
経済波及効果:105億円 GDP効果:61億円
釜石鵜住居復興スタジアムで1試合が開催され(台風による中止試合を除く)、大会期間中にはファンゾーンが釜石市民ホールに設置された。

【埼玉県・熊谷市】
経済波及効果:280億円 GDP効果:148億円
熊谷ラグビー場で3試合が開催され、大会期間中にはファンゾーンがコミュニティひろばに設置された。

【東京都】
経済波及効果:1,757億円 GDP効果:951億円
東京スタジアムで開幕戦、3位決定戦ならびに準々決勝を含む8試合が開催され、大会期間中にはファンゾーンが東京スポーツスクエア、調布駅前広場ならびに調布市グリーンホール等に設置された。

【神奈川県・横浜市】
経済波及効果:神奈川県400億円(横浜市359億円) GDP効果:神奈川県211億円(横浜市189億円)
横浜国際総合競技場で決勝ならびに準決勝を含む6試合が開催され(台風による中止試合を除く)、大会期間中にはファンゾーンが臨港パークに設置された。

【静岡県】
経済波及効果:204億円 GDP効果:112億円
小笠山総合運動公園エコパスタジアムで4試合が開催され、大会期間中にはファンゾーンが駿府城公園ならびにソラモ・えんてつホールに設置された。

【愛知県・豊田市】
経済波及効果:120億円 GDP効果:68億円
豊田スタジアムで3試合が開催され(台風による中止試合を除く)、大会期間中にはファンゾーンがスカイホール豊田に設置された。

【大阪府・東大阪市】
経済波及効果:391億円 GDP効果:215億円
東大阪市花園ラグビー場で4試合が開催され、大会期間中にはファンゾーンがてんしばならびに花園中央公園野球場に設置された。

【神戸市】
経済波及効果:124億円 GDP効果:68億円
神戸市御崎公園球技場で4試合が開催され、大会期間中にはファンゾーンがメリケンパークに設置された。

【福岡県・福岡市】
経済波及効果:福岡県154億円(福岡市143億円) GDP効果:福岡県85億円(福岡市75億円)
東平尾公園博多の森球技場で3試合が開催され、大会期間中にはファンゾーンがJR博多駅前広場に設置された。

【熊本県・熊本市】
経済波及効果:熊本県129億円(熊本市101億円) GDP効果:熊本県69億円(熊本市56億円)
熊本県民総合運動公園陸上競技場で2試合が開催され、大会期間中にはファンゾーンが花畑広場・シンボルプロムナードに設置された。

【大分県】
経済波及効果:199億円 GDP効果:109億円
大分スポーツ公園総合競技場で準々決勝を含む5試合が開催され、大会期間中にはファンゾーンが大分いこいの道広場に設置された。

博多の試合会場入り口付近で。音楽でムードを盛り上げるパフォーマー(Photo: Getty Images)
開会式を盛り上げた歌舞伎パフォーマンス(Photo: Getty Images)

「ラグビーワールドカップ2019日本大会 大会成果分析レポート」

 ラグビーワールドカップ2019(RWC2019)は日本、そしてアジアにおいて初めて開催されるラグビーワールドカップとして2019年9月20日に開幕し、11月2日に南アフリカ 代表の優勝とともに44日間の大会期間を終えた。
 途中発生した大型台風の影響で3試合が中止となりながらも、強豪国を次々と破り初のベスト8入りを果たした日本代表の躍進などで大会は盛り上がり、ビル・ボーモント会長は「RWC2019は最も偉大な大会のひとつとして、記憶に残るだろう」と総括した。
 経済効果の観点では、海外から24万人の訪日観戦客を迎え、総額約6,464億円規模にのぼることが経済効果分析レポートにて報告されている。RWC2019が残した成果は、しかしながら経済面だけではない。満席のスタジアムを通じて発信されたラグビーの魅力、RWC2019ブームの立役者とも言える“にわかファン”という存在、そして巨大台風を乗り切った大会オペレーションなど多方面に及ぶ。

数字で振り返るRWC2019

<大会規模と特徴>
■開催期間 44日間

ラグビーワールドカップは単一競技でありながら44日間もの長期間にわたって開催されるスポーツイベント。この44日間という開催日数は、夏季オリンピックの17日間、サッカーワールドカップの32日間を大きく上回る。ラグビーは選手の激しいぶつかり合いが醍醐味のひとつで、その分、体力の消耗も大きいことから開催期間が長くなる。この約6週間にわたる長い開催期間も、ラグビーワールドカップが世界的なスポーツイベントのひとつと称される理由のひとつ。

開幕前、キャンプ地の宮崎北高校を訪問し、日本伝統の弓道を体験したイングランド代表(Photo: Getty Images)

■開催都市 全国12都市
単一都市で開催されることの多いオリンピックと比べ、より多くの地域にまたがって開催されることはラグビーワールドカップの特徴のひとつと言える。今大会では北は札幌市から南は熊本市まで、個性豊かな12都市で開催され、各都市はそれぞれの地域の歴史や文化、伝統や芸能などユニークな観光素材をラグビー観戦と結びつけ、ゲストを迎えた。岩手県・釜石鵜住居復興スタジアムでは、周囲の自然と調和した建築デザイン、ヘリポートや耐震型 貯水槽など施設の随所に込められた防災の知見が話題を呼び、震災被害からの力強い再生をアピールした。

■ファンゾーン 全国16会場
RWC2019は、ファンゾーンという新しい観戦文化を大きく普及させた大会であると言えるだろう。今大会の開催地となった12都市に設置された16のファンゾーンは、台風の影響で3試合が中止になりファンゾーンが閉鎖されたにも関わらず、合計113万7,288人の入場者を集め、前回の英国大会(105万5,000人)を超えてラグビーワールドカップ史上最高を記録した。

老若男女、たくさんの人がラグビーワールドカップを楽しんだ(Photo: Getty Images)

<満席になったスタジアム>
RWC2019のスタジアム入場者数は延べ170万4,443人を記録し、ラグビー伝統国以外では初めての開催でありながら2011年ニュージーランド大会の147万人を超える動員数を達成した。また今大会の最高入場者数を記録したのは南アフリカ代表がイングランド代表を下し優勝を決めた決勝戦で、その数は70,103人だった。会場となった横浜国際総合競技場は国内最大級のキャパシティを誇るが、この試合が同スタジアムでの歴代最多動員数記録を塗り替えることとなった。

RWC2019は、「全ての試合でスタジアムを満員にする」という高いチケット販売目標を掲げていた。開催自治体の販売努力や日本代表の躍進などにも支えられ、中止となった3試合を除いたチケット販売数は171.8万枚を記録した。中止となった試合も含めると、販売チケット数は183.7万枚にも上り、販売率は99%とほぼ完売を達成したと言える。

RWC2019のチケット収入は389億円に達し、大会全体の収益向上に大きく寄与した。またRWC2019では、観戦チケットに食事や専門家による試合解説、ラウンジでのおもてなしといったサービスを付加したホスピタリティパッケージも数多く販売された。今大会の公式 ホスピタリティプロバイダーとなったSTH Japanによれば、本パッケージは国内外のゲスト延べ6万3,000人に販売され、その販売金額は100億円を超えた。

日本伝統の太鼓による演出も好評だった(Photo: Getty Images)

<社会現象化したRWC2019>
■テレビ視聴者延べ人数:8億5,728万人
RWC2019の盛り上がりはスタジアムを満員の観客で埋め尽くすだけに留まらなかった。グローバルにおけるRWC2019大会関連番組のTV視聴者延べ人数は、前回大会より26%増加し延べ8億5,728万人となった。また国内テレビ放送では、日本が強豪スコットランドを破って史上初の準々決勝進出を決めた試合の瞬間最高視聴率が関東地区で53.7%を記録した。

■ソーシャルメディア動画再生数:20.4億回
RWC2019は公式サイト上の動画コンテンツ再生、ストリーミング放送再生数といったデジ タル視聴において大きな実績を残した。大会開催期間中にソーシャルメディアで公開された動画は世界で20.4億回再生され、2015年の前回大会のおよそ6倍の数字を記録した。

<海外訪日観戦客と国際交流>
■訪日観戦客:24.2万人

RWC2019を目的として海外から日本を訪れた訪日観戦客は24.2万人と推計され、ラグビー強豪国の多い欧州など、遠方からも多くの人が日本を訪れた。観戦チケット購入者の居住地情報に基づいて算出されたチケット海外購入率はおよそ28.2%、販売枚数は51.8万枚にのぼる。訪日観戦客の多くが試合観戦にあわせて観光などのアクティビティを楽しみ、日本文化に親しんだ。

■「Impact Beyond 2019」へのアジア全体における参加者:225万人
RWC2019は、ラグビーワールドカップ史上初めてアジアで開催された大会。RWC2019の主催者であるワールドラグビーは、世界中の視線が日本に集まる今大会をアジアにおけるラグビーの存在感を高める大きなチャンスと考え、日本ラグビー協会やアジアラグビー協会、その他22の協会と協力のうえ、さまざまな普及活動をレガシープログラム「Impact Beyond 2019」として展開してきた。アジアの学生や子どもたちを日本へ招待してラグビー体験を提供する国際的な教育プログラムなども実施された。レガシープログラム「Impact Beyond 2019」への参加者はアジア全体で225万人、日本では118万人に及び、日本・アジアにおけるラグビーカルチャーの普及に大きく寄与した。

■タグラグビーを取り入れた日本国内の小学校:6,616校
「Impact Beyondプログラム」の一環として、日本国内6,616校の小学校でおよそ76万9,000人の子どもたちが身体接触がなく誰でも安全に楽しめるタグラグビーを体験した。また、RWC2019開催都市を中心に日本全国のラグビースクールでラグビー体験会を実施し、中学生以下の子どもたち29,000人が初めてラグビーを体験した。

ONE TEAMとなって戦い日本中に感動を与えたラグビー日本代表(Photo: Getty Images)

<大会運営とボランティア>
■実施試合数:45試合(3試合が台風のため中止)

2019年9月20日に開幕したRWC2019は 11月2日に閉幕するまで45試合が行われた。大会運営を担ったRWC2019組織委員会は、主催者であるワールドラグビーやラグビーワールドカップリミテッド、開催地となった自治体や関係省庁、団体などと一丸となって運営業務にあたり、安全・安心の大会を実現することができた。期間中、超大型台風の日本上陸によりやむを得ず3試合が中止となったが、選手や観客、全てのスタッフを大規模災害から守ることができたのは、危機対応プロセスが機能した証左と考えられる。

■テロ・雑踏事故:0ゼロ
大会期間中は世界中から170万人を超える多くの人々がスタジアムを訪れる中、会場でのテロ行為や混雑による雑踏事故ゼロを達成することができた。また、近年ではサイバーセキュリティに関するリスクも高まっており、RWC2019においても大会期間中にサーバーやネットワーク機器に障害をもたらす可能性のあるDDoS攻撃が12回検知されたが、ネットワークの遮断などの対処を行って実害を防ぎ、スタジアムだけでなく、サイバー空間においても安心・安全の大会運営がなされた。

■ボランティア登録者:約13,000人
RWC2019の大会公式ボランティアは、当初1万人とされていた採用予定人数に対してラグビーワールドカップ史上最多となる3万8,000人を超える応募が寄せられた。抽選・選考を経てボランティアスタッフとして登録されたのはおよそ1万3,000人で、スタジアムでの運営サポート、最寄り駅や空港での観客誘導などに尽力した。来場したゲストに明るく声をかけ、スマートフォンでの記念撮影に笑顔で応じるスタッフの姿は、国内外の観戦客に日本のおもてなしの心を強く印象づけた。大会期間中のSNSにおいても、ボランティアスタッフに言及する投稿が数多く行われ、日本の魅力と人々の温かさに感動した人々の声があふれた。

メディア関係者をハイタッチで迎える釜石のボランティア(Photo: Getty Images)

スタジアムはなぜ満席になったか

大分での準々決勝で興奮するフランスのファン(Photo: Getty Images)

RWC2019を観戦した人々は入場者ベースで延べ170.4万人、チケット購入者ベースでは183.7万人(台風による中止試合をのぞくと171.8万人)となり、チケット完売率は99%を超える結果となった。人数規模では前回のイングランド大会に及ばないものの、完売率で は過去大会を上回る高い水準を達成した。ほぼ全ての試合が満席となり、最大7万人規模のスタジアムが熱狂と興奮に包まれる様子は大会期間を通じて広く発信され、RWC2019に対する社会の注目を集めることとなった。

RWC2019では当初より「全ての試合でスタジアムを満席にする」という目標を掲げていた。これまでラグビーワールドカップは世界的に人気のあるスポーツイベントのひとつとして多くの観戦者を集めており、日本大会においても達成が当然の目標だったように見える。しかしながらラグビー先進国ではない日本において、RWC2019以前はラグビー観戦者人口は決して多いとは言えなかった。日本ラグビー協会によると、ラグビー国内リーグであるトップリーグの観戦者数は2015年から2018年実績で年間45~50万人程度(延べ人数)であり、RWC2019を満席にするためには当時のトップリーグ年間観戦客の4倍の集客が必要だった。日本では過去、2002年にサッカーワールドカップが開催され観戦客144万人を集めたが、当時のJリーグの年間観戦者数は573万人(延べ人数)に達していた。サッカーワールドカップ2002とRWC2019は年代や環境が大きく異なり単純比較はできないものの、RWC2019における「満席のスタジアム」が決して容易ではなかったことは推測できる。

栄冠に輝いた南アフリカ代表“スプリングボックス” (Photo: Getty Images)
ラグビーワールドカップ2019はチケットのデザインもステキだった(Photo: Getty Images)

RWC2019はチケットが高額であることも、スタジアムを満席にするための大きな壁と考えられていた。今大会の平均チケット価格は20,000円以上で、トップリーグの平均チケット価格1,404円、日本×NZのテストマッチ(2018年)における平均価格11,515円と比較しても高価だったことがわかる。

<RWC 2019チケット購入者の内訳>
スタジアムを満席にしたのはどのような人々だったのか。ここでは観戦者の姿を読み解く材料として、チケット購入データとチケット購入者に対するアンケート結果を用いる。チケット購入データとは、RWC2019公式サイトで販売されたチケット(販売全体の75%=138.3万枚)における購入者情報および購入履歴データを指す。一方、チケット購入者アンケートは今大会のチケット購入者に回答を依頼したもので、公式サイトによるチケット購入者31.7万人のうち31%にあたる国内外合計9.9万人から回答を受領。これらのデータより今大会のチケットを購入した人々、スタジアムで観戦した人々の大要が見えてくる。

【国内観戦客… ラグビーを定期的に観戦している“コアファン”】
アンケート調査で「年間1試合以上ラグビーを観戦する」と回答した人々をRWC2019開幕前から定期的にラグビー観戦をしている人々とみなし、「コアファン」と呼ぶこととする。アンケートの結果によれば国内におけるチケット購入者の48%がコアファンに該当し、彼らによるチケット購入は販売総数の45.9%(推計84.4万枚)に相当する。性別では男性が8割を占め、年代は40~50代が中心、居住地は開催都市在住者が8割だった。観戦経験があるラグビーについてはトップリーグが最大の85%、次いで大学ラグビー76%と回答している。

【国内観戦客… ラグビーをあまり見たことがない“非コアファン”】
アンケート調査で「ラグビーを全く見たことがない」あるいは「過去に何度か見たことがある程度」と回答した人々を「非コアファン」とする。アンケートの結果によると国内におけるチケット購入者の52%が非コアファンであり、彼らによるチケット購入枚数は販売総数の25.9%(推計47.5万枚)に相当する。年代、居住地はコアファンとほぼ同等である一方、女性比率は31%とコアファンより高いという特徴がある。観戦経験があるラグビーについては「大学ラグビー」が28%でトップだった。

【海外ファン】
チケット購入データによれば、海外ファンによるチケット購入枚数は全体の28.2%(51.8 万枚)にのぼった。公式サイトでチケットを購入した海外居住者は5万人であり、性別は国内コアファンとほぼ同様に男性が78%、年代は30代以下が50%を占めた。彼らの29%はRWC2019の出場チーム以外の国・地域の居住者であること、過去の訪日経験がない人々が6割に上ることが特徴として挙げられる。

神戸でロシア戦を観戦するアイルランドのファン(Photo: Getty Images)
ノーサイド。試合後、一緒に肩を組んで観客にあいさつするアイルランドとサモアの選手(Photo: Getty Images)

RWC2019で感じた魅力や価値

「RWC2019の魅力や価値を感じたエピソードは何か」を尋ねたアンケートでは、回答者のおよそ9割が「日本代表の躍進と決勝トーナメント進出」と回答し、コアファン・非コアファン共通で最も多い回答となった。そのほか、「さまざまなルーツを持つ選手たちが一体となった日本代表の“ONE TEAM”に魅力を感じた」「南アフリカ代表がイングランド代表を下し優勝」「カナダ代表の釜石での復旧ボランティア」「ニュージーランド代表オールブラックスのハカと対抗するイングランド代表」という回答が多かった。

RWC2019のにわかファンはどのような人々だったか

RWC2019の盛り上がりの立役者とも言える存在であった「にわかファン」は決して一様でなく、スポーツ観戦歴や観戦動機が異なるさまざまな人々で構成されていたことがわかった。他のスポーツ競技では、すでにファン層が固定化されていることが多い中、それまでラグビーをほとんど見たことがなかった多くの人々にラグビーに触れる機会をもたらしたことはRWC2019の大きな成果と言える。

例えば、普段から好んでスポーツ観戦をしていた「スポーツ愛好型」は、今大会でラグビーの魅力を見い出したことによって、今後もラグビー観戦を続けていくと考えられる。また、「ソーシャル交流型」はファンゾーンや飲食店でRWC2019を共通の話題としてコミュニケーションを楽しんだ人々だが、こうした新しいスポーツとの関わり方が生まれたことも、今大会の成果のひとつと言うことができそうだ。

しかしながら、今大会の「にわかファン現象」における最も大きな成果は、コアファンにも比肩する長い時間を観戦に費やし、SNSを活用して熱気を拡散した「ワールドカップ堪能型」のような人々を生み出したことではないだろうか。ラグビーのルールや歴史を知らなくても、臆することなく新しい世界に飛び込み、今大会を存分に楽しんだ彼らは、RWC2019ブームの中心となって盛り上がりを牽引した。彼ら「ワールドカップ堪能型」の観戦満足度の高さ、そして今後のラグビー観戦意欲の高さは、このタイプの非コアファンが今後コアなラグビーファンへと成長していく可能性を示していると考えることができるのではないだろうか。

大会主催者であるワールドラグビーのビル・ボーモント会長はRWC2019を振り返り、「ラグビーに新たな観客をもたらした非常に画期的な大会」と述べた。趣味や娯楽が多様化し、コミュニティの細分化が進む昨今において、日本中に共通の話題をもたらし、多様な人々に「一生に一度」の祭典を享受する機会を与えたRWC2019は、他に類を見ない特別な大会であったと言えるだろう。今大会を機に、国内において今後ますますスポーツを楽しむ文化が広がり、根付いていくことが期待される。

日本全国での温かいおもてなしが選手や訪日客を笑顔にした。幼稚園児とハイタッチする豪代表スコット・シオ(Photo: Getty Images)