悔いなき道を歩んだから、どんな結末も受け入れられた。
日本代表4キャップ(国代表戦出場数)の小倉順平は今年、国際リーグのスーパーラグビーに日本から参戦するサンウルブズにシーズン途中から移籍していた(公式発表は第2節当日の2月15日)。新型コロナウイルスの感染拡大などのため5月30日にチームは解散したが、前向きに総括した。
「小さいスキルのところなどで学ぶことが多かった。行ってよかったといまも思っています」
身長172センチ、体重82キロの27歳。桐蔭学園高、早大を経て2015年に国内トップリーグのNTTコムへ入り、3年目に社員からプロへ転向していた。
もっとうまくなりたい、もっと成長したい。心の底から自分自身に期待した。その延長線上で、2017年にも参加したサンウルブズへの完全移籍を目指した。クラブは今季限りでスーパーラグビーから除籍されそうだったとあり、世界で戦うチャンスを逃したくなかった。
しかし、今年は、スーパーラグビーとトップリーグの日程がほとんど重なっていた。NTTコムとの契約期間が残っていた小倉は、要望を貫くべく会社側と何度も、何度も話し合った。と、内容が内容なだけに、「誰にでも相談しまくるということはできなかった」。限られた人間と対話を重ねた。
もしも契約違反に伴うペナルティが発生したら、それも飲むつもりだった。腹をくくった。話をつける前には、1月からのトップリーグで4試合に出場していた。
「送り出してくれたNTTコムには感謝しています。シーズン中に(チームを)出るって、普通ではないこと。迷惑をかけたと思っています」
2017年以来の日本代表復帰を目指す小倉は、晴れて加わったサンウルブズで沢木敬介コーチングコーディネーターと邂逅(かいこう)。日本では敵軍のサントリーの指揮官として対戦してきた沢木の指導に「僕にも悪い癖がついているのですが、それを指摘してもらえる人でした」と感嘆した。
その言葉からは、指導対象をよく見て、改善点をシンプルに伝える沢木の様子がうかがえる。
「『パスを投げる時はもう少し(腕を)伸ばしきったら』とか『仕掛け方がばたばたしている』とか、いままで自分が当たり前にやっていたことへ『こうしたらもっとよくなる』という教え方です」
新たな出会いを経験したからか、はたまたいくつものゲームを経験してきたからか、司令塔としてのスタンスには変化が生じた。果敢な仕掛けで防御ラインを破るのが小倉の真骨頂だったが、本人はいま、「ミスを少なく、やることが統一されている選手(を目指す)」。持ち味を発揮して周りを救うこと以上に、安定感をつけて周りの信頼を勝ち取ることを最優先課題とする。
「まず練習中に軽くミスをしない。練習時間が長くなった時に軽くミスするケースもあるんですけど、それでも、練習からミスしないようにするのが大事です。練習では(ミスをしても)ごめんって言えば済んじゃうのですが、それがなくなるように」
スーパーラグビーが新型コロナウイルス感染症の影響で止まったのは、海外遠征中の3月14日のことだった。「とうとう、来ちゃったか」。かねてホームゲームの会場変更を強いられており、小倉も「次に日本に帰る時はスーパーラグビーが中止になる時だろう」と心の準備はしていた。サンウルブズは多国籍軍とあって、選手たちはそれぞれの母国などへ散った。
大好きなラグビーができなくなってからも学びがあったのは、不幸中の幸いだったろう。4月上旬からの約2か月間、チームは毎週土曜の日本時間15時からオンライン上で合同トレーニングを実施。その様子はファンにも公開した。
「サンウルブズ エナジーチャレンジ」という名のこのイベントで、トレーニングの進行を務めたのが都内在住の小倉だった。
元気な声でテンポよくメニューを進める。汗をかいた後はスタッフとの打ち合わせやコメントチェックを通し、改善点を抽出。次第に、ゆったりとしたペースで運動する参加者に目線を合わせられるようになった。
「選手とファンの方ではスピードも違う。最初の頃は選手と一緒にバンバン進んじゃったのですが、それはかなり修正しました。膝をついてやってください、2回に1回にしてください、と言うなど、工夫はしました。(ファンには)小さい子どもやお年寄りなどがいるので、どこにフォーカスを置いてやるのかを考えないとグジャグジャになる。(将来)コーチをするのなら、教える人の年代に合った教え方があるなとも思いました。第1回目は(ファンから)『こうしてほしい、ああしてほしい』といろいろなコメントが来て、それに対応して…の繰り返しでしたが、次第に指摘が少なくなっていって、一緒にトレーニングをしながらファンの人がどう感じるかをわかるようになりました。楽しみにしてくれている人もたくさんいたので、達成感もありました」
競技者としても、一社会人としても世界観を広げた小倉。今後の進路は未定としながら、国内クラブ入りを模索していることも匂わせる。なりたい自分になるための最善手を打つ。