今年の母の日はどうしようか。
母校の筑紫高で教師となりラグビー部のヘッドコーチも務める藤木佳行は、頭を悩ませていた。
毎年5月にフラワーアレンジメント教室を開くのは、「5年くらい前」からのことだ。対象の3年生部員から集めた「1000円ずつ」を元手に格安で花を仕入れ、手ほどきをする。
愛知学院大卒業から教員になるまでの約6年間、フラワーギフト業を営む日比谷花壇に勤務していた。前職で培った人脈と技術を駆使し、身近な母に謝意を伝えるよう背中を押してきたのだ。
取り組みは好評だった。チームは無料通話アプリのLINEで保護者との連絡用グループを作っているが、時期が来ればアカウントのトップ画像を息子の作った花束にする母親がぽつりぽつりと現れる。
ただし、今年は新型コロナウイルスの影響で3月2日からの休校措置が取られ、5月に入っても対面授業がままならない状態。チームも一時的に集合が許された4月上旬に測定をおこなっただけで、日本政府が緊急事態宣言を発令してからは活動の幅は限られている。
母の日の試みについても「今年はビデオメッセージだけにしようか」と考えた藤木だったが、最終的にはオンライン会議アプリzoomでの指導に踏み切る。クラブに毎年5月の習慣が根付いていたためか、選手たちの方から「今年もやりたい」というリクエストを受けたからだ。
今年は監督の長木裕と手分けをして数か所の公園を回り、待ち合わせをした部員に納入した生花を手渡し。そして5月上旬、液晶画面の前で講師を務めたのである。
不測の事態に直面しても実現できた、毎年恒例のサプライズ。その背後には、藤木が生徒に伝えたいメッセージが見え隠れする。
「人を喜ばせることが喜びになると感じて欲しい」
ラグビーの指導に魅了されたのは19歳の頃。下宿先に近かった名古屋高でコーチを始め、教えること、感動を共有することに喜びを感じた。その思いは大学卒業時により強め、働きながら通信教育で教員免許を取った。2011年の春、地元に戻って現職に就いた。
当時のチームには、自身も教えを請うたカリスマ指揮官がいた。
現・筑紫丘高副校長の西村寛久は、1994年から2013年度まで筑紫高の監督を務めた熱血指導者。服装の乱れもつぶさに指摘し、試合前には選手を集め「筑紫やぞ!」と叱咤する。2015年は総監督として、24年ぶり5回目の全国大会出場を決めている。
「100のうち99厳しいけど、残りの1の優しさで99が消えちゃう」
学生時代に出会った西村の印象についてこう語る藤木。着任当初は「西村先生の作ってきたものを壊さずに続けていくことでいっぱいいっぱい」だったというが、時間を重ねるほどにあることに気づいた。
「(西村の指導法は)西村先生の、あのカリスマ性があったからできることだった。(自身が西村と)同じことを言っても、生徒への伝わり方が違った」
そういえばコーチとして触れた総監督の西村は、選手への鋭い洞察力をもとに気を引き締めるタイミングを繊細に見定めていたような。自分が現役時代から「心を見透かされるよう」な感触を抱いた裏には、西村にしか説明のできない無形のメソッドがあったのだろう。部員に帰属意識を思い起こさせる「筑紫やぞ!」も、独特の調子、声色があったからこそ成立するフレーズだったのだ……。
そう感じた藤木はもう、憧れの西村の影を追うのはあえてやめている。自分らしく、いまの選手に合った運営を模索する。
コーチング専門のスクールへ通い、ビジネスコーチングの関連資格を取得。「(部員が)卒業後、社会で貢献できるリーダーになれるか」を念頭に置き、イスラエル発祥のカードを使ったコーチングツール「Points of You」を使って選手の対話や意思表明を促す。
特に最近では、引き締めるより自信をつけさせる方が重要と捉える。県内の実力者が全国大会常連の東福岡高に集まる傾向があるためか、筑紫高を選択するラグビーマンたちに「劣等感を持って、自信のない子」が多いと感じさせられるからだ。
そのため藤木は、部員を6つのグループに分けることでリーダーシップを取る選手の頭数を増やした。要職を授けた部員には「置かれた立場で責任を持ってやろう」と促し、たとえ少人数であっても集団を束ねる経験を積ませた。
ノウハウを伝達するティーチングよりも、双方向の対話から道しるべを見出すコーチングに比重を置くのが藤木流。実は2015年度の全国大会出場を決めた際も、この取り組みがなされていた。このシーズンは第95回記念大会だったため、福岡の出場枠は2つになっていた。
福岡県の緊急事態宣言が解除される5月14日前の時点では、普段通りの環境を取り戻すめどは立っていない。さらに春の九州大会や夏の全国7人制大会が中止になったことで、最上級生の心を保つのにはやや苦労する。
ただし、藤木は強調する。
「最終的には、花園に出て勝つことが目標だから」
毎年冬に大阪・東大阪市花園ラグビー場でおこなわれる全国大会は今年で100回目を迎える。第95回大会時と同じように福岡から2つのチームが出られる。
「2校目を目指したら他(東福岡高以外)に負けるよ。ヒガシに勝つつもりで努力しないとやられてしまう。ヒガシに勝つことだけを考えよう」
春のzoomによる合同トレーニングに採り入れたのは、マインドフルネス瞑想。「以前から、試合でミスをするとミスを引きずる子が多かった」。心の整え方を落とし込み、試合中のミス連発を改善したい。
各家庭のインターネットやパソコンの環境がまちまちであることを考慮し、新入生の入部希望者とはまだ接していない。その代わり、すべての2、3年生がzoomを使える状況をフル活用する。
「他のチームも(十分な練習が)できないわけなので、いまは周りと差をつける、東福岡高との差を埋められるチャンスじゃないかとプラスに考えている。選手が一人ひとり課題を見つけ、取り組む時間ができる。主体的な人間になっていくんじゃないかと」
然るべき時に大輪の花を咲かせるべく、養分を蓄える。