ラグビーリパブリック

【コラム】遅すぎるなんて無いさ。

2020.05.17

2019年度の花園1回戦。敗れた郡山北工高校、望月主将はスタンドへの挨拶後、しばし立ち上がれず。たくさん学んで、どんどんできることを増やしたラグビー歴、2年9か月(撮影:宮原和也)

 後半開始のそのキックオフは、何代もの部員たちが積み重ねてきた練習の結晶になった。

 2019年度の全国高校大会、花園の決勝。

 初めての単独優勝を狙う桐蔭学園は、後半最初のマイボール・キックオフにかけていた。そして見事、後半の序盤を制して足場を固めた桐蔭学園が、高校ラグビーの頂点に輝いた。決して、目立たない一つのキックオフが、大きく勝利を引き寄せた。

 この空中戦、ハイボールの攻防は、桐蔭学園が長年こだわってきたスキルだ。腕を天へ差し出すように伸ばし、胸でなく手でキャッチする。もちろん、より高い位置で相手よりも先にボールを掴み、一つでも多くボールを確保するためだ。

桐蔭学園LO安達は、中学までは野球に打ち込んだ(撮影:早浪章弘)

 この決定的キックオフでボールをつかんだのは3年生のLO安達航洋。メンバーでは唯一の「高校初心者」だった。コツコツとスキルを高め、全国優勝メンバーになった。

 藤原秀之監督は安達の努力を見てきた。

「身長はあるけど(190㌢)、はじめからハイボールに長けていたわけでもない。全体練習でイメージを持ってやって、自分でも練習して、強みにしていった。3年になったら、誰よりも安定して取れるようになった。上のボールは安達の武器だし、うちにとっても計算のできるものになった。最後の試合で、それが出ました」

 現代の日本ラグビーのトップ選手は、その多くが、少年時代からのラグビー経験を持つようになった。しかし、例えばトップリーグにも、大学や高校の有力校にも「高校スタート」で自分の道をひらき、仲間に認められる好選手はたくさんいる。

 ラグビーを始めるのに、遅いということはない。やってみたいな、と思った時がタイミングだ。

 興味のある人がいたら、10歳でも50歳でも、近くのチームの門を叩いてみてほしい。今こそまだグラウンドには出られないけれど、楕円球の世界は、仲間は、あなたが来るのを心待ちにしている。ここでは、高校ラグビーで「初心者」から勝負するチームや選手たちを紹介したい。

 2019年度の1回戦の好カードの中にとりわけ見逃せない一戦があった。

 郡山北工(福島)対、若狭東(福井)は、36-21で若狭東が2回戦へ。両軍とも、ほとんどが中学時代にラグビー経験のない選手たちばかりのチームだった。

 敗れた郡山北工の小野泰宏監督(数学)の試合後の弁には、落胆の中にも、次のフェーズへ期するものが見えた。

「ラグビー経験の浅い者どうしの戦い。うちはシンプルに、積み重ねてきたことを出せればと考えてました」

 郡山北工は、福島では単独チームがめっきり少なくなった公立高校の希望のたいまつだ。県内では近年、新人戦になれば、公立も私立も合同チームで灯をつなぐ高校が少なくない。その地から、2019年度は34人の部員を抱え花園出場を勝ち取った。メンバー中、中学時代のラグビー経験者は2名で、ともに、1年生(当時)。

 愛称・北工(キタコー)は、郡山地区の中学生たちにプレーの場を、と、高校部活動に中学生を一部合流させている。週末のラグビースクール以外にも練習がしたい子は、キタコーの高いレベルを実感できるチャンスがある。監督は参加者の中学生たちの進路を絞らず、キタコー以外のチームも勧める。そうして、大事に大事にラグビーの苗を育てているが、中高年代のラグビー人口は、思うように増えてはいない。小野先生だけではなく、福島県の高校指導者は、自校の強化と同じくらいに、県全体のレベルアップに頭をひねって、ヒザを付き合わせている。

 県代表校の活躍はきっと普及にもつながる。だから、よけいに若狭東には勝ちたかった。

「ふだんの練習で、できるだけ実戦的な場面を増やす。それが、この子たちには大事な経験になると考えてます。その意味で、フルコンタクトつきの練習を多くしてきました。しっかりコンタクトを教えてやれば、『意外と痛くねえな』って、苦手意識を持たないで、思い切ってプレーできる。その子が持ってる本来のいいところが出てくる」

「ただきょうは、違う面も考えさせられました。若狭東の選手とは、選手自身のゲーム理解に差がありました」

前半は5度リードが入れ替わる激戦で、21-19でキタコーがリードして折り返した。しかしその後、21-22、21-29、21-36、と若狭東が連続得点で試合を決めた。

 新たな課題を得た小野監督は淡々と話した。常に力を尽くしているから、次の「すべきこと」が見つかるのは、前進のための糧になる。「きっと朽木先生(若狭東監督)が、生徒に理解できるように伝えてらっしゃるんだろうと思います。ラグビーが上手かった。ボール争奪も強かった」

 キタコーの主将、望月誠志朗は、中学までの柔道経験がある。唯一、2年前の花園を選手として知るプレーヤーでもあった。この日も持ち前のパワーで、NO8として何度も力強い突進を見せた。運動量で負けないラグビーを目指してきた。だから、後半に水を開けられたのは悔しい。

「アップの時に、みんなが固くなっているのは感じてた。もう少し、うまくほぐしてやりたかった。自分たちのやりたいラグビー、カウンターラックからの攻めが、もっとできてたら」

 卒業後は、建築業に従事予定、大工の道を歩むという。ラグビーで学んだのは、自分で判断して動くこと。そして、これと決めたら最後までやり切ること。きっと、それはこれからも生きると、先生と同じく淡々と話した。

(つづく)