ラグビーリパブリック

松島世代の逸材。ヤマハの西内勇人は、首を3度手術もまだまだ暴れる。

2020.04.10

トップリーグ2020第1節、1月12日のトヨタ自動車戦でプレーするヤマハ発動機の西内勇人(撮影:矢野寿明)


 日本ラグビー界にあって、1992年度生まれの戦士は10代の頃から将来性豊かな黄金世代と叫ばれてきた。

 その筆頭格と見られるのは、日本代表としてワールドカップ日本大会に出た松島幸太朗。2度目の出場となった日本での2019年大会で5トライをマークした松島は、桐蔭学園高時代からバネとフットワークを活かした走りを披露。2014年のサントリー入りまでは南アフリカのシャークスアカデミーで心身を鍛えている。

 他には、同大会の登録メンバー入りを最後まで争った布巻峻介がいる。布巻は東福岡高時代、腰の強いCTBとして圧巻の突破とタックルを繰り出していた。早大時代にFLへ転じるやボール奪取に磨きをかけ、2015年にはパナソニックへ加入。スーパーラグビーのサンウルブズでは松島とともにプレーした。

 ワールドカップ日本大会組では他に関西学院高・大出身で現東芝のFW第3列、徳永祥尭がいる。さらに荒尾高、帝京大出身で現サントリーのSH、流大も松島世代のワールドカップ出場者だ。

 ただしその流は日本代表デビュー前、別な同級生の凄みを明かしていた。20歳以下日本代表の選考合宿に参加した際の心境を、こう振り返ったことがある。

「ホワイトボードで(試合形式セッションの)メンバー発表されるじゃないですか。その時に探すのは、西内の名前ですもん。一緒のチームだったら『よっしゃー』と。まず、強いですし、あんな(大きな)身体して、僕よりシャトルランで数値がよかった。あんな選手が前に出てくれて、(接点から)いいボールが出ると、(そこから球をさばく)僕もよく見えますしね」

 ここでの「西内」とは西内勇人。布巻と同じ東福岡出身のFW第3列だ。現在はヤマハに所属し、強靭な身体をラン、タックル、ジャッカルに活かす。法大3年時は20歳以下日本代表の主将を務めた。

 同4年だった2015年、社会人1年目の2016年に首の前方を手術した。さらに2018年の夏頃には首の後方にもメスを入れるなど、激しいプレーの代償としての故障に泣かされていた。しかし今季の国内トップリーグでスカイブルーのジャージィを着れば、身長181センチ、体重103キロの身体を果敢に肉弾戦へ差し込む。

 防御時は、首に負担のかからないチョークタックルを意識。相手をつかみ上げるチョークタックルは身長190センチ超の大型選手が得意とするが、決して大柄ではない西内は積み上げてきた身体の幹でチョークタックルを繰り出せる。

「ロータックルに行くところは行きますけど、上へのタックルも意識。ブレイクダウン(接点)でボールを遅らせるイメージでやっています」

 度重なるけがを乗り越えてきた才能は、いまも大暴れすることをあきらめない。

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