ラグビーリパブリック

2019年度明大ラグビー部の記録に現れぬドラマ。春からホンダ入りの辻惇朗の思い。

2020.04.09

明治大学時代の辻惇朗。写真は2018年11月24日の関東大学ジュニア選手権決勝から(撮影:松本かおり)


 誇りは失わなかった。

 辻惇朗は2019年12月26日、明大ラグビー部の4年生部員として相手方の上井草グラウンドで早大との練習試合に出場する。

 両軍とも実施中だった大学選手権で、4強まで駒を進めていた。この日は翌年正月2日の準決勝を見据え、控え選手主体でメンバーを組んだ。裏を返せば、出場選手にとっては同シーズン以内でのレギュラー入りへアピールする実質的なラストチャンスである。

 LOで先発した辻も、秋の関東大学対抗戦で3試合プレーも大学選手権では出番がなかった。「こういう試合がAチーム(主力組)に強い影響を与えると皆に話しました」。身長187センチ、体重97キロの身体をぶつけ、31-26で勝利。丁寧に言葉を選んだ。

「4年生が一人ひとり、いろんな思いで身体を張っていた。一人ひとり課題も残ったし、次につながるいい試合になったかなと思います」

 大阪は常翔学園高の出身だ。進級するごとに感心するのは、最上級生の真摯な態度だ。

 特に田中澄憲監督就任1年目の3年生時は、大学選手権決勝前最後の本格的な練習で「Bチーム」以下の4年生がグラウンド内外で献身。1学年上で同じポジションの土井暉仁は、自身にとって最後の大学選手権前の決起集会で同期に向かって「メンバーに入れなくてもチームのためにやれることはやりたい」と告げていた。辻はこうだ。

「学年が上がるたびに先輩に勝って欲しい、同期に頑張って欲しい、僕も頑張らなあかんという思いが強くなって。4年生がやらなきゃ、後輩もやってくれない。僕たちの代は、私生活での掃除も含め4年生から率先してやろうという思いが強いと思います」

 LOの仕事には空中戦のラインアウトがあるが、辻は試合前になるとその時々の対戦校のラインアウトを分析。自軍サインの構成や相手ボールを奪う作戦づくりを助けた。それぞれ後に新主将、新副将となる箸本龍雅、片倉康瑛という1学年下の主戦LOからは、勝つたびに「あれ(辻の分析に基づく動き)、利きました」と感謝されたものだ。

 もちろん、自身も晴れ舞台に立ちたい思いはあろう。しかし「Aチームだけでラグビーをやっているわけではない」と、当時の武井日向主将ら「Aチーム」への側面支援を辞めなかった。

「試合に出られない形でもAチームに協力でき、勝ちにつながっているのが嬉しいです。もちろん自分が紫紺(明大のジャージィ)を着てグラウンドに立つのが一番です。でも、ラグビーは1人ではできない。優勝して、日向と澄憲さんを胴上げしたいという思いがある。下からどんどん底上げをしていかないとAチームにも影響を与えられないし、Aチームも下のチームが頑張っていることでより頑張ってくれると思います。僕らは準決勝、決勝になったら試合を見ることしかできないかもしれません。ただ、Aチームがどれだけ僕らのことを思って試合をしてくれるかを期待しています」

 1月11日、東京・国立競技場。明大は早大と決勝をおこない、35-45で涙をのんだ。辻もグラウンドに立つことは叶わず、次のステージへ飛び立つこととなった。

 4月1日付でホンダへ入社。国内トップリーグに加盟するクラブで、引き続き楕円球を追う。2019年度入社組には土井、PRの吉岡大貴、CTBの渡邊弐貴と3名の明大OBがいて、同部でリクルーターを務める向久保孝氏は選手の実直な姿勢を重んじる。辻は、努力は誰かが見ているという格言を具現化したのだ。

「上の先輩が、あんまり試合に出ていない僕をいいと言って(推薦して)くれたので、つながりです」

 本人はただ、感謝しきりだった。

Exit mobile version