ラグビーリパブリック

【コラム】苦しい時こそ。

2020.04.02

ゲームが行われる喜び。2019年大会準々決勝・南アvs日本より(撮影:松本かおり/初出・ラグビーマガジン2020年1月号)

■あきらめとは無縁のその姿。彼らが勝敗を超えた何かもっと大きなもののために戦っているのを感じた。


  3月下旬に東京で雪が積もった。

 前日は半袖でも過ごせるほどの陽気だったのに。本来ならこの日は、熊谷ラグビー場で全国高校選抜大会の準決勝が行われるはずだった。もし予定通り大会が開催されていたら、今頃どんな状況だっただろうか。現実離れした窓の外の銀世界を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考えた。


  世界中を暗い影で覆い尽くした新型コロナウイルスの影響により、この春の風景は一変した。3月に入り全国の小中高校で一斉休校が要請され、予定されていたイベントは軒並み中止に。ラグビー界でも先述の高校選抜を皮切りに、トップリーグ、スーパーラグビー、さらにはシックスネーションズや海外リーグ、そして大学春季大会と、立て続けに延期や中止が決まった。昨秋のワールドカップを機にかつてないほど日本ラグビーが注目されていただけに、入念に準備を重ね意気込んでいた選手やチームスタッフ、ラグビー関係者、胸躍らせていたファンのことを思うと、やるせない気持ちになる。

 得体の知れない脅威に不安が渦巻き、批判と非難が交錯するささくれだった雰囲気に接しているうちに、かつて女子7人制日本代表のキャプテンの中村知春が発した以下の言葉がふと心に浮かんだ。リオデジャネイロオリンピック出場を決めたアジア予選から1か月余りが過ぎた2016年1月、『フェアプレー』をテーマにインタビューした際のコメントである。

「肉体的にきつい時や精神的に追い込まれた時に、人間の本質が一番よく見える。このチームのメンバーはみんな、どんなに追い込まれても人のことを思いやれるんです」

 2010年のアジア大会は5位だった。現地で取材した知人記者が、「とてもオリンピックなんてイメージできないくらいの差があった」と漏らしていたのを覚えている。そこからの5年間、大袈裟でなく血のにじむような鍛錬を重ね、極限まで追い込まれる状況を何度も経験して、到底手の届く位置にはないように見えたブラジル行きのチケットをつかんだ。

 絶望するほどの困難を乗り越えて女子ラグビーの新しい扉を開いた人のチームを語る言葉に、感心を越えて尊敬の念を抱いた。

 いまあらゆる場面にストレスは充満する。

 思い通りにいかないことがあると、ついフラストレーションのはけ口が誰かへ向かいそうになる。そんな時、一人ひとりが、自分以外の人のために思いを馳せられるか。そして、誰もがそれぞれの立場で懸命に奮闘していることを理解したうえで、自分に何ができるかを考えられるか。それが、先の見えないこの難局を乗り切るための第一歩だと思う。

 現状はっきり効果ありとわかっている対策は他者との接触を可能な限り避けることしかない以上、何をしなければならないかは明白だ。そうした中、多くのアスリートやスポーツチームが、SNSやwebサイトを通じてさまざまなメッセージを発信してくれている。競技でその勇姿を見られない時だからこそ、そのひと言ひと言は心に染みる。憂鬱なニュースばかりが目につく中で、ポジティブな姿勢がどれほど塞ぎ込みそうな気持ちを明るくしてくれることか。ヨーロッパやアメリカに拠点を置く日本人選手が母国へ向け鳴らす切実な警鐘にも、とてつもない重みを感じる。

 Jスポーツでは、各大会の中止でラグビーロスになっているファンへ向け、ラグビー史に残る激闘をプレーバックする「日本ラグビー名勝負!」なる企画がスタートした。ありがたい。先日何気なしにテレビをつけたら、2015年の日本代表対南アフリカ戦が流れていて、たちまちあの時の興奮がよみがえった。さっそく放送予定を確認すると、トップリーグ2008-2009シーズンプレーオフ決勝の東芝−三洋電機(東芝主将廣瀬俊朗の大活躍)や、2010-2011シーズンの同決勝サントリー−三洋電機(三洋電機初の単独優勝、SOはトニー・ブラウン!)、第92回全国高校大会3回戦の伏見工業−深谷(FB松田力也とSO山沢拓也の対決)など、タイトルだけで胸躍るようなカードばかりだ。自宅で過ごす時間を充実させるために、ぜひチェックされたし。

 最後に、唐突だが、昨秋のラグビーワールドカップ準々決勝、対南アフリカ戦のワンシーンのことを記したい。日本代表の快進撃が止まったあの試合の、個人的ベスト・メモリーである。

 3-26で迎えたラスト数分。すでに勝敗の行方は決まっていたのに、ジャパンの勇士たちは鬼気迫る形相で南アフリカの猛攻にタックルで刺さり続けた。あきらめとは無縁のその姿に、彼らが勝敗を超えた何かもっと大きなもののために戦っているのを感じた。

 誰ひとり自分勝手なプレーに走らず、チームのために最善を尽くす。あの姿勢こそ、いま求められていることではないか。