戦いの寸前、気迫があふれる。
早大は試合前練習を終えた。三浦駿平はアシスタントコーチの権丈太郎に歩み寄る。
お願いします。
「おう」
権丈はボールを拾ってラッシュする。LO三浦は全力でぶちかましにいく。肉体が激突する「ばしっ」という乾いた音が大阪・花園ラグビー場にこだました。
現役時代、185センチ、102キロのFLは、身長で2センチ、体重で3キロ上回る教え子を全身で受け止める。
「体、痛いですよ。でも、それで頑張ってくれて、試合に勝ってくれたらいい。僕はできることをやるだけです」
34歳・権丈の文字通り「献身」もあって、早大は57−14で日大に勝利。昨年12月21日、第56回大学選手権で4強に進出する。
年が明けた1月11日、明大を45−35で下す。11大会ぶり、史上最多となる16回目の学生日本一の座についた。
「とてもうれしい。自分が現役の時よりも。心からよろこべました」
権丈は昨年4月、アシスタントコーチに就任した。監督の相良南海夫を補佐する。2018年度を最後にNECで11年の現役生活を終える。時を置かず、母校で指導を施す。
「選手としての終わり方を考える頃、辻??さんから『コーチに興味ない?』と聞かれました」
辻??高志は大学、社会人の8学年先輩。日本代表キャップ7を持つSH。2010〜2011年の2年間は母校の監督をつとめる。
「会社も、『行ってこい』と快く送り出してくれました」
所属はNECのまま。出向の形でフルタイムのコーチになった。
手をつけたのはコンタクトの部分だ。
「外から見て、そこで負けている印象が強かった。その場しのぎの感じがしました」
2018年度、大学選手権準決勝の早明戦の敗戦(27−31)などを挙げた。
強化の手応えはそれなりにあった。対抗戦は6戦全勝。しかし、12月の早明戦は7−36。完敗にその感覚は吹き飛ばされた。
「まん中をゲインされ、ボールに絡めずトライされました」
その後、ラックサイドから3対3のフルコンタクトを繰り返した。疲れがピークの毎日の練習終わりにもってくる。
「ケガをする怖さはありました。でもやらないと絶対に勝てません」
学生たちの一体感も醸成する。
「距離が遠い。言い合わないんです」
リーダーを集め、メンタルコーチにあたるチームパフォーマンスダイレクターの布施努とともに話し合いを持った。
「タックルに行かないやつがいれば、言えばいいじゃん。そこをあいまいにしていたら勝てないよ」
遠慮を取り除いた。本音を出すことで、思いが伝わる。まとまりは強くなる。
「みんな変わりました。早明戦のころよりも自信を持ってやってくれました」
権丈は現役時代、ジャパン以外の世代の日本代表すべてに選ばれた。高校、U19、U21、U23。ただ、華やかな経歴とは裏腹に、その底には「後悔」が横たわる。
競技は福岡のつくしヤングラガーズで5歳から始めた。高校は筑紫に進む。3年時は東福岡に17−41で敗れた。
「実力的に差はない、と言われていたのに、ディフェンスがやられまくりました。とても苦しい思い出です」
最後は83回全国大会(2003年度)の県予選準決勝。3年間、花園の芝は踏めなかった。
早大では3年時を除き、3年間、大学選手権で優勝する(41、42、44回大会)。1年から公式戦に出場。4年時には主将としてFB五郎丸歩(日本代表キャップ57)やPR畠山健介(同78)らをとりまとめた。
「すごい人たちがいっぱいいる中で、本当に努力するということを怠りました。こうなりたいという希望はあるのに、自分に向き合えなかった。うまく帳尻を合わせた感じです」
第45回日本選手権では2回戦でトップリーグの東芝に24−47で敗れた。
「勝てた試合だったと思います。キックオフのボールを取って外に出てしまった。手を出さなければダイレクトタッチでした」
敗戦の理由は自身のミスだけではない。それでも鮮明にあの日の失敗を覚えている。
11年に及ぶNECでのトップリーガーの時代にも暗色はつきまとう。
「つらかった。あまり記憶に残っていません。自分なりに頑張ってきたつもりですが、常にすべてを出し尽くしたか、と問われれば、『はい』とはっきりとは言えません」
リーグ戦の最高成績は2011年度の3位。頂点には手が届かなかった。
五郎丸や畠山はHO堀江翔太やWTB山田章仁ら同期たちと2015年のワールドカップの大舞台を踏んだ。3勝を得る。
ただ、劣等感は時とともに変化していく。
「引退が近づくにつれて終わりたくない、と思うようになりました。最後にチームを好きになった。今ではとても愛着があります」
悩もうが、泣こうが現役の時間は限られている。その中で、トップチームでラグビーができる幸せやしんから努力する大切さに気づく。グリーンロケッツへの思いも最高点へ。結局は大団円を迎える。
学生たちには、自分と同じ思いをしてもらいたくないし、させない。だからこそ、その指導に熱がこもる。体をぶつけ、痛みを感じることもいとわない。
「今、好きなことを存分にやらせてもらっています。上井草に来れば元気になる。出してくれている会社には感謝しかありません」
この2年目はまた体を鍛え始めた。
「今年は積極的に練習に入るつもりです」
その姿はチーム6回目、史上最多の大学選手権連覇を狙う赤黒にとって何より心強い。