ラグビーリパブリック

【コラム】意思決定には二層ある

2020.02.28

延期は、いたしかたなし。各節で大入りが続いていたトップリーグ(撮影・早浪章弘)

 ますます顔の見えなくなった街中の某所で記者会見があった。

 日本ラグビー協会は2月26日、2月29日以降に続く国内トップリーグの第7、8節の延期を発表。顔の下半分を白い布で覆う記者団を前に、同リーグの太田治チェアマンがマイクを取った。

 事前のリリースによると、2月24日に発表された新型コロナウイルス感染症対策専門家会議による見解が今度の決定を促したとされている。

「この1〜2週間の動向が、国内で急速に感染が拡大するかどうかの瀬戸際である」

 当日の会見では太田氏が、25日に「中止」「無観客試合」「延期」の3パターンについて協議したこと、第7節を3月21、22日、第8節を5月2、3日に実施することなどを発表した。

 さらに決定までの経緯を説明する際には、プロ野球がオープン戦を無観客でおこなったこと、サッカーJリーグが3月15日までの公式戦の延期を決めたことも決定の呼び水になったと説明する。

 加えて「安倍首相からも『この2週間は自粛を要請する』とありましたように…」と、内閣総理大臣の安倍晋三氏が26日に出した「多数の方が集まる全国的なスポーツや文化イベントについて、今後2週間は中止や延期、規模縮小の対応を要請する」との表明を引き合いに出した。

 筆者は感染症の専門家ではない。だから中止の是非を論じるのに、十分な知識を持っていない。

 それに2021年発足予定の新リーグの準備室副室長となっている瓜生靖治氏が以前「危機感をあおることで社会が混乱すること(側面)もある。こういう状況にもかかわらず見に来てくださっている方の楽しみを奪わないこともリーグの責任」と話していたように、トップリーグ側が試合を観たいファンのニーズに応えようと模索していた経緯に触れていた。

 加えて、日本協会が後日発表となる延期した試合の会場も迅速に見つけていた点には、ある強豪クラブのスタッフも感謝していたのを知る。

 だから今回の決定事項そのものには何も言う気はないのだが、それでも、どういうわけか、心にもやもやが残る。それはきっと、これまでラグビーを取材してきて宝石のような知見や言葉に出会い過ぎてしまったからだと思う。そう思うことにする。

 2006年からの取材、執筆活動を通し、よい意思決定は「A,置かれた状況を正確に把握する」「B.Aを踏まえ、自分(自分たち)にしかできない自分(自分たち)のすべきこと信念に基づいて決める」の二層構造で作られているのではと仮説を立てている。

 昨秋のワールドカップ日本大会で8強入りした日本代表では、開幕前に「自国開催のメリット」について聞かれた堀江翔太がこんな発言を残している。

「周りの環境はいつも慣れているところなんで、ご飯、空き時間(の過ごし方)ではすごく楽なところはあるんですけど、何か便利すぎて。海外に行ったら、不便なことが多すぎるから皆で何とかしようと固まる感じがある。ただ、いまは空き時間も周りに何でもあって、『皆でまとまって茶、しよう』というのがなくなる可能性もある。もっと、海外にいる時のようなことはしたいなと」

 2011年大会から3大会連続でワールドカップに挑んだベテラン戦士は、言葉の通じる自国で過ごすメリットを踏まえたうえで起こりうるデメリットについても具体的に予見。大会期間中は控え選手とコーヒーを飲みに行くなど、チーム力の根を支える平時のコミュニケーション量を意図的に増やしていたのだ。

 この大会で優勝した南アフリカ代表は、決勝トーナメントに入ってから控えのフォワードの枚数を1枚増やすことで自軍のパワフルさという強みを最大化していた。

 準優勝のイングランド代表でも、かつて日本代表を率いたエディー・ジョーンズが開幕2年前の段階で「(大会中)2つの季節を過ごすことになる」と看破。環境への適応力を重視して選んだという大会登録メンバーを、他国に先んじて発表していた。

 日本代表も南アフリカ代表もイングランド代表も、東アジアでの開催という「A」にあたる項目を自分たちの目線で見つめ、自分たちらしい「B」を練り上げていたのだ。

 それらと比べてしまうと、今回のトップリーグ側の決定はまず延期という「B」を支える「A」の設定にやや主体性が見えづらかったような。

 今度の決定における「A」には他競技の事情、この国で広がる「要請」などが挙げられる。ただし、あるトップリーグのクラブの関係者は「同じ延期にするのでも、『Jリーグがこうしたから』ではなく、『我々トップリーグとして…』と発言して欲しかった」と漏らす。

 さらに安倍氏が大規模なイベント開催の規模縮小などを「要請」すると伝える1日前の25日には、日本政府が「イベント等の開催について現時点で全国一律の自粛要請を行うものではない」と発表している。かねて公文書の扱いなどで説明不足の感を覗かせる為政者が、たった1日で真逆の見解を示しているわけだ。

 結論にあたる「B」に深い思慮や複数名の血と汗がにじんでいたのがわかっていても、その結論を導く「A」に関する分析に筋金が入っていないと見えた、と、いう人がいたら、その人は「納得も理解もできるがすっきりしない」と思っても不思議ではなさそうだ。

 翌27日、トップリーグを戦うサントリーが東京都府中市の本拠地で身体を動かしていた。26日の決定を受けスケジュールを大幅に変更したのを受け、日本代表のエースでもある松島幸太朗が取材に応じる。

――延期という決定に関して。

「亡くなっている人もいる。簡単に開催しますというわけにはいかなかったと思う。ラグビーの試合より、命を大事にするという判断。しょうがないところです。僕たちは再開するであろうという試合に準備するだけ。選手としても、病気に気を付けることを徹底したいです」

――チームミーティングでは何と。

「どこへ行っても(新型コロナウイルスが)流行っているところなので、予防できるところはしっかりして、むやみに外へ出ないというところが一番いいと思うので。あとはまぁ、アスリートとして(試合がない間も)身体を動かさなきゃいけないので、クラブハウスと家の行き来がメインになります」

――チームは急遽、数日間のオフを設けたようです。再開後は9連戦とタフな日程が組まれます。

「オフと言っても、シーズン中ではある。次に(対戦が)予定されているキヤノンの分析であったり、いまできることをする。どんなチームでも9連戦はきつい。これからどんな選手を使っていくかは監督が決めると思いますが、(コンディショニングの観点から)全ての選手にチャンスが回ってくる。タイミングとしては不謹慎に聞こえるかもしれませんが、モチベーションを上げている選手もいると思います」
 
 今度の決定に私見を挟まず、あくまで一競技者としての健康管理を徹底したいとする。

 リーグ戦再開へ「いまできること」を整理する。

 周囲に気を配って「不謹慎に聞こえるかもしれませんが」と前置きをしながら、連戦のさなかに出場機会を得られる若手の意気込みを好意的に捉える。

 改めて、よい意思決定は「A,置かれた状況を正確に把握する」「B.Aを踏まえ、自分(自分たち)にしかできない自分(自分たち)のすべきこと信念に基づいて決める」の二層構造で作られているのではと再確認させた。