沢木敬介は、雑味を感じさせぬ言い回しで現在地を語る。
「悪くないと思います。ただ前の試合の勝利の価値を出すためにも次の試合は大事。簡単ではないですけど、自分たちの力を100パーセント出せるよう準備してきたつもりです」
サンウルブズのコーチングコーディネーターとして、国際リーグのスーパーラグビーに参戦中だ。
2月1日の福岡・レベルファイブスタジアムでの初戦では、スクラムやラインアウトからの用意されたコンビネーションプレーを機能させてレベルズを36-27で撃破。起こりうる問題を想定し尽くしていたようだ。
「ホームで初戦って、どうしてもうまくいかない部分が出てくるものですけど、それを自分たちで『うまくいかないもんだよ』と理解してきた。それがいい準備につながった」
続く15日には、東京・秩父宮ラグビー場でチーフスとぶつかる。前日の試合会場練習でも、複数の選手が多角度からパスコースへ駆け込む動きを何度も確認。今度も組織的に攻め勝ちたい。
「ディフェンスでチームを作っても、おもしろくないでしょう? ボールも動かないし。だからターゲットは30点。得点の取れるラグビーをやれば、観ている人も楽しいと思いますし、自分たちの強みを出せると思いますけどね。しっかり相手のディフェンスのコネクションを崩していきたいです。あるスペースに対して、もっと、ディフェンスを動かして、コネクションを切るようなアタックをしたい」
2015年のワールドカップ・イングランド大会では日本代表で同職。2016年からは古巣である国内トップリーグのサントリーを率い、前年度に9位だったチームを2連覇に導いた。準優勝に終わった2018年度限りでクラブを去り、2019年限りで退社している。
職業コーチとしての初めての仕事が、各国のプロクラブがひしめくスーパーラグビーでの戦略担当者となる。隙間時間にひたすら試合映像やデータとにらめっこする情熱家は、初戦白星を受けても、現実を直視する。
「レフリーに助けられた部分もある。今後、セットピース(攻防の起点)でも各チーム対策を練ってくると思うし、それに対応できるかどうか、試合を重ねるなかで難しくなる部分も絶対にある。そこでコーチ陣、選手で話しながら成長していければと思います」
次戦の先発勢で注目されるのは、早大前主将でSHの齋藤直人。学生時代から日本代表候補に名を連ねたハードワーカーは、沢木がいた頃のサントリーの練習に体験参加したことがある。
本格的に齋藤を指導することとなった沢木は、「彼のスキルを出せればスーパーラグビーでも通用する」。良さを列挙する。
「しっかり長いパスを放れる。日本にはクイックなテンポを作れるハーフはたくさんいますけど、その中でも速いテンポを作るのはうまい。バックスペース(相手防御網の背後)もしっかり見られるので、その視野をもう少し勉強しながらレベルアップすればプレーの幅がどんどん広がると思います。彼にもプレッシャーはかかっていると思うけど、一流選手になるにはそれを絶対に乗り越えなきゃいけない。プレッシャーはかかるもんだとわかりながら、そのプレッシャーを力に変え、楽しむくらいの図太さでやってもらえたら。まぁ、行くでしょう」
今季の日本ラグビー界では、国内トップリーグとスーパーラグビーの日程の多くが重なる。昨秋のワールドカップ日本大会に出た日本代表勢はトップリーグに専念しており、サンウルブズは課されたハードルの高さと現状の注目度とのバランスに違和感を抱えている。
本拠地の千葉・市原スポレクパークでトレーニングをした2月10日、沢木は数名の報道陣を前に「やっと来た。皆、トップリーグの方ばっかり行くんだから」。心に火をつける材料は、いくらでもある。